Archive for 12月, 2010

『ワシントンハイツ』が2位にランクイン、4刷へ

 これはニュースです! なんと『ワシントンハイツ』が、AMAZONで2位をつけていました。

といっても、12月第2週、「ラジオ深夜便」の放送終了後の出来事ですが・・・。私自身、放送直後に新幹線に乗り、そんな現象が起きていたころには京都取材。リアルタイムでチェックできず、そこまで上昇していたとは、つゆ知らず、だったのです。「週刊朝日」12月31日号81頁にその週のランキングが掲載されていると、編集者が教えてくれ、あわてて買いに走った次第。

おかげさまで昨日、4刷が完成したとのこと。ありがとうございます。もしも品切れと言われた場合は、在庫はありますので、ぜひお取り寄せを。

興味を持ってくださった方々に心から感謝申し上げます。

ホワイトクリスマスを逃した私

朝は早起きして、NHKBSで海外ニュースを見る。もちろん、どこの国のニュースもそれぞれバイヤスがかかっているが、それを見比べることのほうが、日本の横並びのニュースを見るより、ずっと意味があるからだ。

欧米のニュースは日々豪雪について報じている。先日、ある友人(日本人)の携帯に電話をしたら、イタリアに出張中だった。雪で飛行機のダイヤが乱れ、移動に苦労していると話していた。アメリカ東海岸でも今年は雪が深いらしい。私がワシントンDCにいたときにも、数十センチの積雪を経験し、スノーブーツを購入した。積雪の朝は小中学校はもとより、大学や官庁までも休みになり、その後は地面が凍結して閉口したものだ。

それでも、それがことクリスマスイブとなれば、ロマンティックだろうなあと思う。石造りの建物が綿帽子をかぶった様は赴きもひとしおで、キリスト教文化圏はかくあるべき、という光景になる。深い雪の中、教会のミサに出向くのも、さもありなん、という感じである。

実は当初、21日からアメリカに行くことを予定していたのだが、日本にいるべき事が次々に入り、おとなしく留まることにしたのである。もともとクリスマス休暇で議会図書館も公文書館も閉まっている季節ではあるが、ホワイトクリスマスは体験したかったと残念に思うここ数日である。

欧米のクリスマス明けには、バーゲンセールが始まる。思い切り値段を下げるので、人々はデパートなどへ殺到する。リーマンショック以降、経済が落ち込んでいるはずのアメリカなのに、セールとなれば、人々の消費欲は止められない。その場に居合わせないことも、また残念ではある。

水漏れ騒動のその後

東京にしては寒い夜が続いている。毛皮が着たくなるほどだ。クリスマスの昨日は、つい手袋までしてしまった。そして夜は人形町で「もつ鍋」を食した。タイから来た友人たちと一緒に、である。

さて、今日はといえば、水漏れ騒動の後始末である。結局、便器を新しくした際に配水管をいじったことが原因で、階下の壁にまで水が伝ってきていたことが判明。上階の工事は23日に終了したが、階下のカマル・クッチール(インドネシア語では「小さい部屋」と表現する)の壁紙はりかえを業者の責任で行うことになった。26日の日曜日か年末でないと立ち会えないので、今日になったというわけだ。

こんなに小さな部屋のはりかえなのに、朝8時から夕方5時までかかるとは、ちょっと不思議な仕事ぶりなのだが、その間、キッチンとリビングの片付け+掃除、窓拭きができたので、それはそれで意味があった。

冬至のときの柚子を使って、バスルームを磨くなど、気づいたらエコ掃除をしている自分がいる。できれば、スチームの掃除道具を買ってみたいのだが、置くところがないのが難点である。

東京を見下ろすイブの夜

こんなタイトルをつけたら、いかにも私がヘリコプターで東京夜景遊覧をしたかのように聞こえるかもしれない。だが、私は単に見上げる立場にあり、しかし、偶然にもその存在に気づいただけのことである。

夕刻より地上にいれば、あまりにヘリの音が気になり、某ビルディングの中上階に降りれば、窓からヘリのライトが行き交うのが目立ったため、テレビ報道で知った遊覧ヘリのことを思い出したのである。

みんなお金があるんだねえ、と友人は呟いたが、その遊覧を楽しんだのは、若いカップルとは限らない。下心持ったオジサンが若い女性を誘ったのかもしれないし、あるいはウルトラリッチな中国人だったかもしれない。もしも、リタイア組の日本人夫婦だったりしたら、美しい物語になるのだが、そのケースはかなりめずらしいと思われる。

タクシーの運転手さんいわく、「東京に来る中国の人たちは極端ですよね。マナーがなっていない観光客もいれば、大金持ち風のビジネスマンもいる。有楽町のペニンシュラホテルにお泊りで、家族を浦安のディズニーランドで遊ばせて、自分は日中仕事を片付けて、家族を迎えに行くんです。タクシーで往復してくれるので、こちらは嬉しいですけどね」

たとえばCITIバンクで1千万円以上預けているゴールド会員枠には、やたらチャイニーズが増えているという。企業に属していて、東京に家族とともに転勤になっている人々だ。もちろん中国元より日本円が安全だから預金も投資もするのだろうが、その分、日本人より主張も激しく、手ごわい顧客であるらしい。

日ごろは公共交通機関を利用して歩くようにしている私だが、師走はタクシーによく乗った。地下鉄やバスでは、移動中に電話ができないからだ。その出費を考えると頭痛を起こしそうになるが、それでも、運転手さんから色々な話が聞けるので、実は倍の価値がある。

12月23日朝

今朝、東京駅に向かう途中で目にしたもの。六本木の交差点を渡る朝帰りの女子たち。皇居周辺の一般参賀の準備。 

もしかしたら、平成になり12月23日が祝日になってから、どちらも定番の光景だったのかもしれない。休日前夜にノーテンキに飲み明かす若者がいて、お誕生日をお祝いしたくて、早朝から皇居前に並ぶ人々がいる。どちらも平和で豊かな、戦後の日本ならでは光景である。

 昨日は編集者と一緒に試写を観た。「英国王のスピーチ」。なかなかタッチイングでいい映画だ。そういえば、昭和天皇はどうやって演説を準備されていたのだろう。最初から演説は得意でいらしたのだろうか。じわじわと皇室のことまで気になってきた。

それにしても、なぜいまイギリス王室がテーマなのか、天皇誕生日の今日、じっくりと考えてみたい。

あるドンの還暦祝宴

昨夜はドン小西さん還暦祝いの宴が開かれた。ドレスコードが「生涯でとびっきりおしゃれな服」と謳ってあったわりには、ゲストの服装は全体に地味だった気がする。小西さんを際立たせるために遠慮したのかと思うくらいだった。ただ、お祝いの花の数は半端でなく、デザイナーから芸能界へと進出した彼の交際範囲の広さが窺えた。

初っ端、ステージに現れた小西さんは、ご自身のデザインされた和服姿だった。どうやら宴の趣旨の半分は、この発表を狙ったということらしい。黒白を基調にした着物なので、せめて帽子を赤にしてほしかった、と還暦を祝いたい俳優の一人がつぶやいていた。

そういう趣旨なら、我家に伝わる昭和着物で来れば良かったね・・・。私と一緒にそう呟いてくれたのは、安藤和津さんだ。母の着物もよし、熊谷好博子の振袖もよし。

生涯でとびっきりおしゃれな服、と言われてなぜ私が和服を選ばなかったかといえば、発起人に鳥居ユキ先生の名前があったからである。三枝さんのオペラ鑑賞に着たユキ・トリイデザインのロングドレスを纏うことにした。あのときと違う点は、ファーのカチューシャをしていったこと。ボレロとの質感をお揃いにしてみた。

4時間と長丁場なので中座して、おなかを空かせた面々で雨の中、食事にでかけた。ユキ先生、和津さん、秀香さん、ファッションジャーナリストたち・・・。長い長いお付き合いのグループの輪の中にあって、私はといえば、まだまだ新参者なのだが、それでもこうしてお仲間に加えていただいてから8年ほどの歳月は経つのだから、早いものである。

本当は十五夜のはずが、あいにくの雨。皆で月を愛でられなくて残念だった。そういえば、ドンは満月と知って、昨日の夜を選んだのかもしれない。

水漏れ騒動

今朝から水漏れ問題で大騒ぎである。

掃除をしていたら、トイレの壁に水がつたってきているのを発見し、上階の水漏れではと、あわてて階段を上がりベルを押す。どうやら2週間ほど前に便器とタンクを新しいものに取り替えたことに原因があるらしいと判明。住民いわく、それ以来、色々トラブルがあるので、今日も15時に業者が来る予定だという。外出予定をずらして、待つことにした。

それから30分ほどしてベルが鳴る。下の階で暮す女性が、私の家からの水漏れではないかと問い合わせてきたのだ。いや、原因は我家ではなく、上の階だと説明した。

彼女は管理会社を通してすでに業者を呼んでいたので、私の家も診てもらう。うーんと唸るばかりで、何も解決せず。

彼女の計らいで上の階の新しい便器(もしくはタンク)に問題があるかも、とTOTOの人がやってきてとりはずしてみたが、思い当たる節はない。やはり10時間もかけた施行業者の工事に原因がありそうだからと、抜本的解決はなし。現在、業者待ち。

暮の忙しい時に、なんと不運なことだろう。どこにも出かけられない上に、何かにつけてベルが鳴り、落ち着いてコンピュータ前にも座れない。業者待ちのこの時間に、急いでブログを書いている私である。

ここまで書いたら、またベルが・・・。

中間層の貧困化?

私が考えている相続税の改正は、「富裕層」の一定以上の金融資産に対してである。あくまで、預金や株に投資している分を消費してもらうことで経済を活性化することや、それでも貯め込んだ人には、その分に課税して政府の財源にまわすことが目的なのである。 

だが、今回、民主党政権が発表した内容だと、控除額の5千万円を下げるのだという。これでは、中間層を追い詰めることになるではないか。不動産や保険への課税は金融資産の半分だったはずだが、それでもローンを組んででも東京で一軒家を手に入れた人の場合、持ち出し、あるいは遺族の受け取った生命保険が相続税で消えていく可能性もある。 

「高所得者層への負担増」などという言葉は、いかにも平等社会を生み出しそうだが、この考えは中間層を貧困へと追い込むことになりかねない。他方、富裕層は温存されたまま、というのでは、格差社会を助長するだけだ。 

中間層に打撃を与える民主党政権。頑張った人間が報われず、逆に超富裕な人が優遇されていく社会に日本を持っていきたいのだろうか。それではまるで隣国と同じである。この勢いで、言論の自由まで奪われることになりはしないだろうか。

いや、それだけはなんとしても阻止しなければ・・・。要注意である。

手間隙かける美しさ

ジョージタウン大学にいたころ、韓国の男性外交官と議論になったことがある。何の文脈だったか、「日本のラッピングは過剰で無駄だ」と言い出したからだ。 

日ごろは仲良くアメリカ的価値に首をかしげていた私たちだったが、私はこのとき真顔で反論してしまった。「包装に手間隙かけるのは、日本の文化である」と。 

もちろん、デパートなど日用品の買い物での過剰包装は認めるが、彼の話は、ギフトにおいて、丁寧に包みすぎることが時間の無駄だということだった。

 日本人が丁寧に包装するのは、相手の立場に立って、開けるときの気持ちを想像するからだと考える。受け手もまた、包みを開けながら贈り手の真心を感じ取る力があるからに他ならない。

 中元歳暮もさることながら、香典返しひとつとっても、ただ送りつけるのではなく、何を贈られれば嬉しいか。日持ちがして、収納するのにかさばらず、価値あるものを捜し出し、思いが伝わるラッピングが施されていることこそ、意味があるのである。

 一筆書き添えられていない年賀状に興ざめするのと同じように、少なくとも、受ける側には、その手間隙を汲み取る感性は備わっているのだ。

 相手が喜ぶよう思いを馳せ、そのためには手間隙かける美しさ。これは先輩たちのコミュニケーションにおける知恵であり、日本の誇るべき文化だと私は考えている。 

財源は富裕層の相続税で

素人の浅知恵ながら、財源確保について考えてみた。 

まずは、富裕層の相続税値上げから始める。不動産は50%のままにして、金融資産の3億円以上には、80%の相続税を課すのはどうだろう。それなら生前に貯め込むより、不動産などを買ってお金を流通させるほうが賢明だと考えないものだろうか。結果、経済は活性化するし、外国人による土地不動産の買占を減らす効果も出るはずだ。

 ただし、暖簾を継ぐ子どもや、数年間、在宅介護にあたった子どもには、特例措置を設ける必要がある。現行の法律では、財産は子どもの間で均等に分けられることになっているが、親への貢献度で多く受けとれるようにすべきだ。

 現行の法律では、5千万円+相続人一人につき1千万円まで非課税である。それ以外に富裕層の金融資産3億円を、たとえば3人の子どもが均等に受け取ったとしても、一人に1億円はいくわけだから、それ以上には100%課税してもいいくらいだ。

 とはいえ、日本の場合、親の金融資産はある種、子どもより優位に立つための手段でもあるから、3億以外に自分で自由になるお金は手元に残しておきたいだろう。その意味で、80%としてみたのだが、十分な年金があれば、それも必要ないかもしれない。あるいは生前に毎年、国家に定額寄付をした人にのみ、将来、国家による優雅で手厚い介護が受けられる富裕層向のシステムを構築するというのも悪くない。

次の段階として、以前から主張している「パラサイト税」があるのだが、この話はまた改めて。、

またまた残念なこと

一昨日は久しぶりに東京で穏やかな日曜日を迎えた。あちらこちらの神社で結婚式が執り行われ、新郎新婦そして親族による写真撮影に忙しそうだった。結婚式は神社の重要な収入源。占領期、GHQの神道指令によって、神社は政府の手を離れ、自分たちによる経営を強いられてきた。

某神社では、神殿前で親族の写真撮影が行われ、賽銭箱が脇に置かれていた。つまり、参拝客は新郎新婦と親族に向かって拝まねばならない。祝福したい気持ちはあるが、ご神体の前に立ちはだかれるのには抵抗がある。しばし境内を散歩して待つことにした。

残念なのは、撮影の後である。せっかく皆が手を合わせているのに、ドタバタ音を立てて片付けるスタッフの神経はいかがなものか。都会の喧騒の中、神社にいるときくらい静かで厳かな気持ちでいたいのに、参拝者の思いが理解されず、残念でならない。

そして昨夜はエンジン01教育委員会。鹿児島産牛肉の店が会場だった。私のテーブルでは山本益弘さんが焼いてくださり、数十倍にも美味しく頂戴できた。「山本先生にそんなことをしていただいては」と誰もが焼こうと試みるが、いやいや、下手に誰かが焼いたものを食するのは、益弘さんとて嬉しくはない。こういうときは、素直にお任せして、幸せになるのが一番である。

教育の話といえば、ゲストスピーカーとして来てくれた文部科学省の人たちと議論白熱。大いにに盛り上がってしまった。一人一人はこんなに熱心に子どもたちの未来を考えているのに、それが生かされない日本の現状は、やはり悲しくて残念である。

銀行から茶室が消えた日

かつて銀行の幹部だった方から、興味深い話を聞いた。ある時期まで、どこの銀行でも支店には必ず茶室があったというのである。社員教育の一環だったのであろう。男性行員は茶室でお茶を点て、女性は華道のお稽古をしていた。帰りには、花材を筒のようにまとめて銀行から持ち帰る姿が当たり前だったのだという。

 だとすれば、茶室はいつその姿を消したのだろう。戦後、日本の住宅から畳が消えたことはGHQによるアメリカ化政策と無関係ではないが、銀行などの企業にまで、その影響が及んだということだろうか。あるいは行内の左翼グループが働きかけたのだろうか。

銀行が茶室を無用のものとした時期は、多くの日本人が日本的なるものから目をそらし、腑抜けになる第2の転換点だったかもしれない。

その時期がいつで、その理由が何なのか。調べる価値がありそうだ。

ラジオ深夜便の反響

木曜日早朝の「ラジオ深夜便」を聴いて下さった多くの方々から、NHKにも書店にも問い合わせを頂いたそうです。関心を持ってくださり、ありがとうございます。

ご注文いただいた『ワシントンハイツ』は来週早々、新潮社から書店に届く予定です。しばしお待ちください。

ラジオ深夜便 ON AIR

夕べは小倉一郎さんの俳優生活50周年を祝う会に出席。会津の末廣の樽酒を頂き、帰宅したころには世の中がぐぅるぐる。帯を解いて、ソファになだれ込む。ベッドで熟睡して、寝過ごすのが怖かったからだ。

朝は4時に起き、ラジオ深夜便を聴く。生放送ではなく、収録した番組で自分が話したことを聴くのは勇気がいるのだが、リスナーの立場で聴かねば、成長も進化もない。おかげで、しっかり目が覚めた。

それから、京都取材の荷物のパッキングを始める。朝7時過ぎの新幹線に乗らねばならぬ。カメラや携帯、もろもろの充電が間に合わず、新幹線でも交替に充電を続け、眠る余裕がないままに京都駅着。

そして夜。取材が終わり、疲れ果てている。テレビでは80年代のビデオクリップが流れている。ブルース・スプリングスティーンやビりー・ジョエルと、懐かしい面々。そういえば、昨日も一昨日も、それより古いオールディーズ漬けたった。それについては、また改めて。

菊池寛賞授賞式

あったかい。12月とは思えない暖かさ。ベランダの楓はすっかり黄金色になり、しかし、早々に何葉も色鮮やかなまま砂利の上に重なっていた。

きのうの朝の激しい雨と、その後の風に揺さぶられ、青山墓地の桜の葉も枝から離れた。墓地を南北に貫く道の風景は、すっかり冬枯れのよう。なのに、この暖かさに、心もからだも戸惑ってしまう。

昨夜は菊池寛賞の授賞式に出席。染司「よしおか」の当主であり、源氏の色の研究者・吉岡幸雄先生が受賞されたからだ。

かつて「よしおか」の東京支店が西麻布にあり、月に一度、先生の講義を聴きに通った。日本の色や伝統について、吉岡先生から多くを教えていただいた。その断片は、archives→日本の真髄→ニッポンの色に記されているので、ぜひご高覧を。インタビューの際、先生と一緒に撮影させていただいた写真が、当時の西麻布の「よしおか」である。

お父上は、帝王紫の研究の第一人者。親子二代で色の研究に勤しまれ、すばらしいの一言に尽きる。改めて、おめでとうございます。

ちなみに、お父さまの研究された貝紫の帯は、右上のkimono→2009年10月で見られます。

週末ラジオで『ワシントンハイツ』

東京に帰ってみると、ベランダの楓がようやく色づいていた。東京は実にあったかい。

週末は丹後と京都を取材して歩いていたので、先々週に収録した番組のオンエアを自分では聴いていない。よって、編集でどこが採用されいていたか、話の内容はわからない。

安藤和津さんが文化放送「TEPCO トークマルシェ」のホームページに放送後記を書いてくれたことから判断するに、主婦時代の話が出ているようだ。どうやら今でも片づけが得意と美しく誤解してくださった模様。

私が家事をてきぱきこなしたのは、20代に結婚していたころのこと。一人で生きるようになって、誰に気兼ねすることなく、私物はどんどん増える一方。モノの散乱ぶりは、ひどいものである。さすがにダウンサイジングを試みようと、京都の書店で片付けのノウハウを記した本を買い込んで、新幹線で読んできたくらいだ。

JWAVEのBOOKBARでも『ワシントンハイツ』を取り上げてくれたらしい。杏さん、興味を持ってくださり、ありがとうございます。機会があれば、お目にかかってお礼を申し上げたい。