Archive for 1月, 2011

エジプト観光の人々

 チュニジアの政変では興奮した私。現地に行って取材したいとうずうずしたものが、エジプトとなると、消極的。急進派イスラームのテロの多いあの国で、混迷する空気の中に飛び込むことには、二の足を踏む。もっとも、原稿をあれこれ抱え、講演の仕事を受けているので、この時期、日本を離れるわけにはいかないのだが。

 それにしても、ずいぶん大勢の日本人観光客がカイロの空港にいるというので驚いた。500人が空港で足止めを食らっているのだという。アメリカ人にいたっては、千人以上いるらしい。中国政府も、飛行機を飛ばして、邦人国外脱出を促すらしい。テロの危険のある国にかくも大勢。みな勇気がある。

 日本政府もチャーター機を飛ばし、早めに国外に救出したほうがいい。

 

 

不穏な空気の中で

日本にいるときは、毎朝目覚めるとまず、NHKBSの海外ニュースを見ることにしている。

昨日はいきなりモスクワの空港が爆破されたニュースが入ってきて、頭を殴られるような衝撃を受けた。その上、アルジャジーラでは、ウィキリークスによって明らかになった中東和平交渉の裏側を報じており、これがパレスチナ人を刺激することは間違いないのだ。

今年は世界が混乱すると、東洋系の占い師は予言しているのだが、年初からこれでは、この先どうなることやら。少なくとも中東地域は穏やかではない。

できるだけ犠牲者が少なくて済むことを祈るばかりだ。

混乱期に入るマグレブ

行きたい行きたいと思いながら、先送りにしてきた北アフリカの国々。観光と割り切れば、キューバ同様、独裁者が力を持っているときが狙い目である。やはり思い立ったらすぐに行動に移さないといけない。

と、「旅する女性」らしい目線がある一方で、私の中では、この動きの背後に誰がいるかに興味津々のジャーナリスト目線もある。

チュニジアの政変を「ジャスミン革命」と名づけたのは誰か。そう呼んで美化していいものだろうか。

共産主義政権下の反体制知識人として何度も投獄を繰り返した劇作家のハベルが仕切り、彼が大統領になった89年のチェコスロバキアの政変は「ベルベット革命」と呼ぶに値するが、チュニジアのケースはむしろルーマニアに近い。ルーマニアについては、ティミショアラにおける民衆蜂起の後、ブカレストでのあまりに組織だった動きを単なる民衆革命かどうか疑う声は当時からあった。

とまれ、チュニジアから始まった民主化の波は周辺諸国に飛び火することは避けられず、結果、マグレブ諸国はしばらくの間、混乱期に入る。そのほうが、都合のいい国や勢力が存在することは確かなのである。

この地域の国々で民主化を考えるとき、欧米型民主主義体制にはならないと思う。今後、イスラームが新しい体制での民主化にどういう役割を果たすのか。興味深い。

香港

めずらしく風邪をひいて、熱に浮かされる日々を送った私。鼻がツン、喉がピリリ、くしゃみが出て、それから発熱。でも、インフルエンザではないとわかり、予定通り香港へ飛んで、帰国した。

香港素描は、後からアップします。

チュニジア大統領国外脱出

 チュニジア市民がついに独裁者を追い詰めた。先週、アルジェリアで先週起きた暴動は沈静化されたというのに、チュニジアは独裁者を国外逃亡させるところまで追い込めた。アフリカにおけるフランスの元植民地がこのところ揺れている。

 一般に、デモが組織化されて暴動に発展するとき、裏で誰かがその糸を引いているものだ。ただ、逃亡したアリ大統領は、マルコスやスハルト同様、家族によるネポティズム、それに言論弾圧が相当にひどかったようだ。倒されて当たり前の独裁ぶりに同上の余地はない。

 背後で資金提供しているのが誰かにも興味はあるが、注目すべきは、今回はTWITTERがデモ情報を広げたことだ。そこにウィキリークスの暴露も加わり、人々の怒りに火をつけた模様。ここを見抜けなかったところに、アリ政権の甘さがある。

 ドイツのニュースを見ていたら、ルフトハンザはチュニジア行きのフライトをキャンセル。現地から逃げ出す人々のみ乗せて帰るのだと報じていた。

 1998年、スハルト政権が倒れる直前にジャカルタが炎上し、日本からあわてて駆けつけた自分を思い出す。邦人救出のために飛んだJALの飛行機に乗っていたのは、JALの職委員以外、乗客はたった3人。ビジネスの席が空いているのだから、せめて3人くらい座らせてくれても良さそうなもの。インドネシアの友人から電話で情勢を聞いてすぐに成田に飛んだので、エコノミーの正規料金を払った私としては、JALの融通のきかなさに、がっかりしたものだ。もちろん、ミールはエコノミーでいいのだけど、シートくらい提供してもいいではないか。炎上するジャカルタに向かうのは、ただ事ではないのだから。

めずらしく熱が上昇中

どうしたことか。いつもなら風邪の引き始めに対処して、熱など出ないはずなのに。今回は熱が上昇している。

調子が悪くなったのは、水曜日から。鼻から喉、今日はくしゃみ。アロマオイルを鼻にあてたり、琥珀やストーンを身につけたり。プロポリスとアリナミンを摂取しているというのに、この寒気には耐えられない。デスクが窓際にあるのがいけないのか。乾燥も災いしている。

寒いだけでも行動が鈍るのに、熱が上がると思考回路が麻痺する。ここまで寒いと、デスクの位置を変えたほうがいいかも。とりあえず、睡眠をとろう。

友、遠方よりコール

NY在住の友人とスカイプで話す。昨夜呼ばれたときには、デスクトップ前。マイクがあるラップトップに移動したら、先方がオフにしていた。

今日の午後、再び呼ばれて長電話になる。向こうは夜中。翌朝は早いのだろうに、ついつい長くなった。こんなに話しても無料。そこがスカイプのすごいところだ。

NYは零下2度だという。ワシントンDCに比べると雪は少ないが、それでも寒いのは確か。ただ、どの建物でもセントラルヒーティングが効いているので、中に入れば、たちまち手足が温まる。そこが日本と違うところだ。

お互いの家族の話や寒波の話もあるのだが、結局は日本を憂いて終わってしまう。国内にいると見逃すことでも、在外日本人には見えることが山ほどある。ため息をついていても始まらないが、わが祖国のこれから、どうなることやら。

「サンデー・フロントライン」ニュース選定委員

 今年からテレビ朝日の「サンデー・フロントライン」ニュース選定委員に加わった。その第一回目を今日、自宅で見た。

 なるほど、こういう形で反映されるのだと、点が線になって像を結んだ感じだ。しばらくテレビから離れていた分、ほかの選定委員より視聴者に近い目線のはずなのだが、結果、どうやら私が重視するニュースは順位が低くなる。みな政局に関心が高くて驚く。番組HPを見ると、タイガーマスクのランドセルを10位にランクインさせたのは私だけだったらしい。

 この仕事は俳句の才能を要求されているように思う。ニュースの順位を短時間で決めるのは句会の選句と似ているし、言いたいことを短いコメントに込めるのも、俳句を詠んでいるようだ。

七草粥

昨日は七草粥。朝、近所のスーパーに出向いたところ、「昨日売り切ったよ。朝食べるものだからさ」と一言。

前日に買っておかなかった私が悪いと言われればそれまでだが、ちょっと気分を害しながら、さらに10分ほど遠い店に。大きい分だけ、仕入れが多くて売れ残ったのか、数パック残っていたので購入した。

クリスマスころから、花屋で売られていた七草の鉢を買っておけばよかったかと、途中後悔した。小さな鉢に植えられた七草を正月に愛でて、七日に食べるようにというのは、案外正解かもしれない。

不景気のせいか、今年は神社がことのほか初詣客で混んでいたが、日本の伝統行事を生活の中に取り入れることから、日本は力を取り戻すのでは、とこの8年ほど、歳時記どおりに暮そうとしている私である。

ブラジル初の女性大統領

ブラジルに女性大統領が誕生した。ジルマ・ルセフ新大統領、63歳である。 

ルラ前大統領の全面的支持があっての当選だが、アルゼンチンといい、オーストラリアといい、南半球に女性の指導者が次々登場していることは興味深い。

 ルラ前大統領は、自国の資源輸出で稼いだ分を貧困層にばら撒く形で底上げを図り、中間層拡大に成功している。90年代末、私の大学院同級生がブラジルの貧困やストリートチルドレンについて研究していたころには想像もつかない変わりようである。 

新大統領は若いころに投獄された経験の持ち主。その意味でも日本の政治家よりも根性は座っているだろうが、3年後のワールドカップ、5年後に控えたオリンピックに向けて発展を遂げ、中国の後に続くことは間違いない。 

余談だが、水晶の産地でもあるブラジルでは、米作りにクリスタルのサザレを使う農法が始まっているらしい。水田の水が浄化され、米が美味になるのだという。おそらく日系人の思いつきなのだろうが、農業でもブラジルの底力は侮れないといえよう。

新大統領は反日ともいわれるが、すでにブラジルの鶏肉を東京の店頭でよくみかけるこのごろである。

寒の入り

お正月は、年賀状書きとDVD鑑賞で終わった。帰省していた友人たちは、新幹線に空席をみつけられず、それぞれ苦労して東京に戻った模様である。 

私自身、この季節はつい鳥居をくぐってしまうのだが、仕事始めの日の午後は、サラリーマン軍団でどこも混雑している。初詣客が以前より多く感じるのは気のせいだろうか。 

明日は七草粥、などと考えながら外に出たら、寒い。毛皮が恋しい。手袋がほしい。東京なのに、この寒さ・・・。

 暦の上では寒の入りなのだから、これが本来の気候なのかもしれない。

新春のお慶びを申し上げます

窓の向こうのレインボーブリッジは七色のグラデーションに染まり、その先で短く新年の花火が打ち上げられ、東京タワーが白化粧をしたと思ったら、近くの高野山別院から除夜の鐘がーー。高輪の友人宅に招かれた私は、そんな環境で年を越しました。

あけましておめでとうございます。

昨年は『ワシントンハイツ』が第58回日本エッセイスト・クラブ賞に選ばれ、年末には4刷まで重ねるという幸運に恵まれました。支えてくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。

また、1月からテレビ朝日系「サンデー・フロントライン」のニュース選定委員に加わることになりました。スタジオには入りませんが、コメントは流れますので、日曜日の朝10時、ぜひ番組を見てくださいね。

昨年の元旦は小雪の舞う京都。今年は再び明治神宮の第一鳥居前で、表参道の先から上る初日の出を拝みました。『ワシントンハイツ』終章に書いたように、です。平成23年のご来光は、ますます眩しく、ゴールド度を増していたように私には見えました。この国の未来について心配は尽きませんが、かくも美しい日の出を見ると、日本はまだまだ大丈夫という気持ちになるから不思議です。

皆さまに幸多き1年でありますように。

平成23年辛卯正月

秋尾沙戸子