Archive for 8月, 2013

「地方の時代」映像祭 第2次審査

今日は「地方の時代」映像祭の第2次審査だった。最終審査は来週末。とても楽しみだ。

 

鳥取人(トットリアン)と考える 食とジャズと温泉と

「さきどりの食卓」と題したエンジン02で、鳥取にやってきた。私の担当講座は「鳥取の食資源の魅力」、山本益弘さんとご一緒した。

鳥取は、肉も魚も野菜も、美味しいものばかり。だが、PRが下手で、その魅力は意外と知られていない。オレイン55や岩牡蠣など、ブランドとして確定した食材もあるのだから、それを目当てに飛行機で羽田からやってくる道楽があってもいいと思うのだが、砂丘のイメージが強いせいか、最果ての地のような印象さえ持られている。実は羽田から1時間15分、空港から街中まで20分ほどということも発信したらいいと思う。

あとは、噂の料理人が生まれてくるかどうか。ネットの時代、口コミで広がれば、世界中から人が押し寄せる。そうした現象が世界で起きていると益弘さんは言う。コペンハーゲンの某レストランは、1日に1000件、キャンセル待ち。安宿に1週間滞在して、キャンセル待ちを狙う客もいるのだそうだ。情熱ある料理人の存在が世界中の人々を引き寄せるというわけである。

私は豊富な食材に加え、ジャズと温泉を軸にすれば、東京からジャズファン、特に団塊の世代を引っ張れると考えている。ジミー・アラキは鳥取県出身の北米移民2世。だからジミーのルーツ、鳥取で、ジャズで街起こしには意味がある。まずはジャズ・ミュージアムを作ればよいのだ。

取材過程で、ジャズ本とLPのコレクターたちに出会ったが、彼らは倉庫に入っている数千箱のコレクションを処分するのではなく、ジャズ・ミュージアムに寄付したいというのだ。ファイルはもちろん、廃盤となったLPを視聴できるシステムを作るとすれば、土地が必要になる。横浜では難しい。

蟹でも生牡蠣でもイノシシでも、季節季節の美味しいものを食べてジャズが聴けて、温泉に入れるとなれば、1時間15分かける価値はあるというものだ。

そういえば、入社したころの私は、早く一人前のサントリアンになりたいと考えていた。まずは鳥取人をトットリアンと呼んでみてはどうか。その響きに、ちょっとワクワクしてくる。

そんな話を地元の人々と語った「夜楽」の後、懇親会を経て、世界一に選ばれた地ビールを飲んで帰ろうとした矢先、例によって、辰巳さんが皆をラーメン屋に誘ったのだった。常々「夜中ラーメン」が得意なタクちゃんだが、店の名が「たくろう」というところから、どうしても大勢で行きたかったらしい。

おかげで今朝は私の顔がマンパチだ。たとえ一口ずつでも、餃子、ラーメン、チャーハンを、夜中に口にしたことが仇になっている。

 

 

 

 

エジプト、そしてシリア

エジプトでの流血がこれ以上広がらないことを祈ります。サウジアラビアがエジプト政府を支持していることにも注目。また同時に、シリアで起きていることにも目を向けましょう。シリア政府が化学兵器を使ったという情報、クルド人3万人がシリアを脱出した事実もあわせ、中東情勢を把握したいものです。

桜島の噴火は対岸の火事ではない

桜島の噴火を注視しましょう。関東や東海で暮らす人々にとっては、他人事ではありません。富士山が噴火したら市民生活にどんな影響がでるか。いまからシミュレーションしておく必要があります。

火山灰が積もったら、エアコンは動かない、停電もあるかもしれない。飛行機も新幹線も使えない。

近眼の人は、コンタクトを入れられないことを覚悟しましょう。度のあった眼鏡を2つ、いまのうちに作っておきましょう。

「あまちゃん」中毒

どんなに夜更かししても8時には起きるように、朝の連ドラを見ることにしているが、今年の「あまちゃん」は本当に面白い。脚本家のクドカンさんの才能の脱帽だ。

ストーリー展開の意外性だけでも目が離せないのに、細かいギャグのちりばめさせ方が上手なのだ。だから、日々観るだけでなく、土曜日の再放送でもう一度観ると、その芸の細かさを再確認できて、感心してしまうのだ。

それほどまでして観ているのだから、中の登場人物への親しみも半端でない。

先日の河口洋一郎さんの祝宴では、壇上の秋元康さんが「あまちゃん」のフトマキ氏に見えてしまったし、久しぶりに乗った新幹線のグリーン車で小泉今日子さんを観たときには、ハルコさんに会った気がした。もっとも、番組の中と同じ大きなサングラスをしていたせいもあるのだが。

80年代のアイドルと、AKB48 的アイドルの比較という装置のせいもあるのだが、世代を超えて人々をひきつけることが難しい時代に、老若男女に「JJJ]を浸透させたクドカンの脚本は、日本社会がいい意味でひとつになれる可能性を指し示してくれたと言っても過言ではない。

もっとも、彼が311をどう描くか。少し怖い気もするのだが。

 

 

 

 

五山送り火

大文字@マンション★五山の送り火。昨年は某クリニックの屋上から四山拝見し、大勢で楽しく過ごしたのですが、今年は一人静かに、部屋から両親と祖父母、ご先祖の精霊をお送りしました。7月は祇園祭を追っていたので、東京でお迎えもお送りもできず、せめて送り日の昨夜、京都から思いを馳せた次第。

20時、点火されると、其処彼処からフラッシュが・・・。あそこまでは届かないと思うのですが、しかし、決して騒がしくなく、静寂は保たれていたことに感謝。京都人は大人です。

大文字を杯に映してお酒を頂くのがいいと聞きます。私も試してはみましたが、街中は光が多く、映ったかどうか微妙です。

金沢の町並み

久しぶりの金沢。駅のリニューアルぶりにびっくり。2年後には、新幹線が停まり、東京と金沢が2時間半で結ばれるという。

それにしても、新しい駅のありようは、どうなのだろう。空港のようなデザインだ。関西空港を思わせる。そういえば、ドイツのベルリン駅も再開発で似たような近代的デザインになっていた。しかし、金沢駅として、これがふさわしいのかどうかは疑問である。

伝統文化を重んじるのが金沢の魅力だ。かくも近代的なデザインである必要があるのかどうか。21世紀美術館についても、実は同じ感想を抱いている。妹島和世さんの設計はすばらしいが、金沢の町並みにふさわしくないと言うのが私の考えてある。それは設計者の責任なのか、発注した行政の責任なのか。

早晩、日本海の時代がやってくる。そのとき、金沢のアイデンティティはどうあるべきか。立ち止まって考える価値はありそうだ。

 

終戦

68年前の今日、東京は晴天でした。玉音放送を聴いて、涙した人、開放感で一杯になった人、立場によって違います。本土で空襲を経験した人は、もうB29に怯えなくてすむと、新しい未来に期待しました。

今日は戦争の犠牲になった全ての方々へ思いを馳せましょう。戦地で命を落とした兵士の多くは餓死であったことも、私たちは知るべきなのです。日系二世ジミー・アラキの評伝『スウィング・ジャパン』を読んでみてくださいね。原宿表参道の空襲については、ワシントンハイツ第1章に詳しく書いています。

停電対策

秋尾が提案する停電対策のひとつ。家にある保冷剤をすべて冷凍庫に入れておくこと。停電したとき半分を冷蔵室に移せば、冷蔵庫も冷凍庫も数時間は持ちます。2年前の9月に突然、冷蔵庫が壊れたとき、保冷剤の存在に救われました。

洪水被害のシミュレーション

洪水被害を伝えるテレビのニュースを見ていて腹立たしいのは、現場に行ったあと、スタジオで「経験したことのない」被害に対して「信じられない」というリアクションをすること。そして、異常気象の原因を気象予報士に分析させている終わることだ。

311以降、あのクラスの津波や洪水がいつでもどこでも起き得ると私は強調してきた。アジアやヨーロッパの洪水が報じられるたび、他人事ではないとツイートした。テレビが伝えるべきは、東北以外の地域でも同じことが起きたときに備え、いま私たちが何をすればいいかである。数年先ではない。明日、起きるかもしれない前提で。

大切な物を2階に上げるくらいの助言はコメンテーターにも可能である。だが、家が浸水したときの修繕は、素人にはできない技だ。実際に被害にあったら、自治体の土木担当者が被害者全員をすぐに救うことはできないのである。ならば、日ごろから知人の伝で建築関係者にコネを作るとかの準備も必要だろう。

昨年、宇治で妻の実家が被害にあった人は、自治体の対応の遅さを嘆いていた。彼が建築家なので、義父母は助けられても、地域全体までは彼の手に負えなかったという。もっとも、補助金のことを考えれば、自力で修繕できた人は不利になる。いつまでも暮らせない状態を我慢して補助金を得るか、自力で直して早々に快適な暮らしを手に入れるかは、悩みどころだろう。

そうした被災地の経験をレポートして、事前にできる対策を伝えることこそテレビの役割と私は考える。

誕生日、生あることに感謝

本日、ひとつ歳を重ねました。この日まで生あることに感謝です。

暖かいメッセージを送ってくださった皆様、ありがとうございました。

誕生会の前に東京での書の稽古に向かうべく、例によって、付け焼刃で夜中(「朝生」の途中)から墨をすり、紙を広げて、先生に見ていただくものを完成させた私です。上りは空いていると思った新幹線もスーツケース保持者と子ども連れで満杯。車内でネットにつなぐこともままならない状態でした。

京都での暮らしにもずいぶん慣れました。これまでは京の歳時記を追うのに必死でしたが、涼しくなったら、証言者へのインタビューに集中します。

宇治川の花火を垣間見る

宇治川の花火を一目見ようと宇治駅へ。京都では6月末だけでなく、7月末の八坂神社、8月には下鴨神社でも茅の輪をくぐり、夏越の祓をしたのに、やはり例年通り、花火を見ての厄落としをしないと安心できない私。

どこでどうやってみればいいのかわからず、宇治駅に行ってみることに。色々な方のブログを読むと駅周辺でも見られそうな気配。混雑を避けて途中からでかけ、最後まで見ないで引き上げてきた。川面の風を受けようとか、写真を撮ろうと思わなければ、駅界隈からでも十分観賞できる。そう、厄落としが目的ならば。

さて、これから仮眠して、墨をすり、書と向き合わなければ。

11時2分に黙祷

11時2分。68年前、長崎への原爆投下により命を落とした方々に、黙祷を捧げました。アメリカ大使のほか、今年はインド大使館からクリシュナ参事官も平和祈念式典に初参列しているようです。テレビが観られる人は、NHKにて式典の様子をご覧ください。

奈良で地震?

「秋尾さん、大丈夫?」と電話をもらった時、私は大阪のホテルロビーで打ち合わせ中。「奈良で震度7なんでしょ」。そういえば、警報鳴ったけど揺れていない。とりあえず、無事です。「だったら、よかった」。どうやら誤報だったらしいが、心配してくれる友人がいてくれることに感謝。ありがとう。

「京の七夕」の楽しみ方

七夕4★京の七夕、鴨川会場です。着物で行くと手かご提灯をもらえるというので出かけてみると、手に乗るほどの小さなかごで、肩透かしを食った私です。いわゆる提灯くらいの大きさなら、ベランダに置きたいと思ったのに、バッグにつけて楽しむのがせいぜい。しかも、4日しか持たないというので、スイッチを切って部屋に置いています。ここでも高齢者が大勢カメラを構え、浴衣姿女子や和服姿の私に其処彼処に立つよう注文をつけます。私のカメラも渡して撮ってもらいました。堀川

そのまま帰宅するつもりがタクシーの運転手さんと話すうち堀川会場へ行ってみることに。コースが規制されているため、こちらに選択権はなく、延々長い距離を北上するしかないのです。右のような光のアートを堪能できるものの、「人ごみ状態」で川沿いを北に移動するので、風を受けることもなく、汗ぐっしょりになってしまいました。こちらの会場には、洋服で出かけるほうが懸命です。

黙祷、そして事実を知ること

今朝8時15分。黙祷を捧げました。68年前の今日、そして、その後、犠牲になった人々に思いを馳せることが最低限の供養と考えます。欲を言えば、日本の誰もが太平洋戦争について事実を知ろうとすることが、本当の供養になるはずです。

空の近くでゲリラ豪雨

昨日は京都伊勢丹10階にてサルヴァトーレ窓際にて遅いランチをとっていた。、雪のような雨が降りだしたと思ったら、いきなり雷が鳴り出した。さっきまで山々まで見えていたのに、視界が真っ白。目の前の京都タワーでさえかすんでいる。空に近い分、激変の様子がリアルにわかった。

京都駅地下は少し浸水。夕方のニュースを見れば、市内では落雷、冠水、停電などの被害があった模様。

蝉しぐれの中、震度5

久しぶりの東京は涼しい。いつも以上に蝉の声が際立つ。やかましいくらいだ。京都の蝉はもう少し控えめだったようだが、思い出せない。鳥の囀りだけが記憶にある。街全体が祇園祭モードで聞き逃したのか、木々が多くないから蝉が少ないのか。蝉しぐれを通り越し、東京は朝から蝉がうるさい気がする。

昨日からそんなことを考えていたら、民放のBSで地震警報が出た。すぐに東京も揺れた。宮城北部で震度5。巷で8月は要注意と言われていたが、やはり警戒したほうがいいようだ。海や川の近くにお出かけの方、くれぐれもご注意ください。ライフジャケットは必携です。

河口洋一郎さん、紫綬褒章受章祝宴

昨日は、CGアーティストで東大教授の河口洋一郎さんが紫綬褒章ほかトリプル受章されたことをお祝いする会に出席するため東京へ。朝、着物を着てみたのだが、体調がすぐれず、びしっと着られなかったので、断念した。新幹線は冷房が効いているものの、やはり座り皺が気になったからだ。

東大本郷キャンパスに出向いたのは久しぶり。おそらく10年くらいのご無沙汰だ。派手なローソンができていたりと、キャンパスの激変ぶりに、びっくりである。第一、会場である山上会館がわからない。教授仕様の新しい建物らしい。道に迷って学生に尋ねれば、ほとんどが中国人で、通じないのに参った。日本語もいまひとつ、英語でも駄目。ここは、どこの国の大学だっけ? これが中国人がいないと経営が成り立たない日本の大学の現実なのだろうか。もっとも本当に優秀な学生はアメリカかイギリスに行くので、日本にいる学生が英語を話すとは限らない。結果、いかにも頭のよさそうな日本の男子学生に出会って、導いてもらうことができた。

会は2部構成。前半は教授陣で手堅く、後半は柔らかく。司会が姿月あさとさんとパティシエの鎧塚さん。スピーチのトップバッターは秋元康さんだった。いつものことながら、彼のスピーチは上手なのだが、どうやら私の中に対する朝ドラ効果は絶大で、檀上の秋元さんが「あまちゃん」のフトマキに見えてしまった。

二次会もキャンパス内の別の建物で開かれた。こちらは椿山荘が料理を作っているとのことで、大学関係のレストランとは思えず、かなり驚きだった。

 

 

 

雨の八朔、舞妓さんを追う

IMG_0178おめっとうさんどすIMG_0217八朔1今日は八朔。舞妓さん、芸妓さんが挨拶まわりをする日。「おめっとさんどす」という挨拶が響きます。

大雨の中、朝一で上八千代さんのお稽古場に向かえば、すでに黒山の高齢カメラマンたち。相当に慣れている風で、その場を取り仕切っているおじさま(名古屋弁だったりする)とかも存在しました。ほかに巽橋や一力茶屋など、どこへ行っても、カメラおじさんカメラおばさんでいっぱい。さながらアキバでAKB48を撮る男子がそのまま高齢化した光景。そう、舞妓・芸妓は、高齢者にとってのAKBなのです。

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DSCN0033挨拶まわりフレームインすればカメラマンが怒り狂うという噂通り、一力茶屋では花見小路の交通整理をする警官が怒鳴られることしばしば。いっそ2時間だけ通行止めにすればいいのに。あるいは、おまわりさんが和服になるのはどうかしらん。

最初はタクシーで乗り付ける上、レインコートで覆われ美しい着物は見えないまま。やがて小降りになり、蛇の目傘をさして、だらりの帯を持ち上げる姿に変わりました。泥が跳ねてしまいますものね。IMG_0282だらりの帯IMG_0310すそ模様IMG_0301一力さんへ