2018年3月 俵屋旅館を訪ねて



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友人が俵屋旅館に宿泊しているので、お邪魔しました。その室礼のすばらしさに脱帽。いろんなアングルから撮影させてもらいまし29136662_2502791843279629_3216336819964608512_oIMG_8747 ■IMG_8767 ■た。

2018年3月 あの、清風荘へ鶴の帯で



IMG_8558 ■かつて西園寺公望の邸宅で、いまや京都大学の持ち物である清風荘。大学関係者しか使うことは許されない禁断の地でのお茶会に招かれました。

写真撮影は可能だが、ウェブにupすることは許されないので、入口のみ。

昭和期には、鶴が飼われていたというエピソードを読んで、この帯を締めて訪れたのです。鶴がいたであろうお庭は、小川治平の手によるもので、それはそれば素晴らしく、お見せできないのが本当に残念でございます。

 

 

2018年3月 早朝の北野天満宮へ 梅の刺繍帯で



 

実は桃花神事の前に、早朝の北野天満宮に寄っています。

帯を梅の刺繍帯から、ひいなの染帯に換えるという早業。IMG_8309

菅原道真といえば、梅と牛。西門近くの手水舎には牛が・・・。花開いた紅梅を背景にカメラに収めました。IMG_8302

2018年3月 ひいなの帯で桃花神事に参列



P2010555新暦で上巳の節句のこの日、上賀茂神社の桃花神事に参列した後、「ならの小川」で流しびな。直会に、草餅と桃の花を頂きました。(最初の写真、手元に注目)。

ひいなの帯で参列したのは今年が初めて。ターコイズの小紋を着ています。天満宮の後、急いで帯だけ換えたので、おひなさまの出方が下になっていまいました(昨年の写真は最後に掲載しています)。

P2010606P2010613P2010636P2010667神馬に人参を食べてもらい、その足で大田神社へ。IMG_8333

遷宮プロジェクト第二弾で、修復中の屋根を見学。

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2018年3月 梅の季節に、すっぽんを食す



IMG_8218京都に来て5年も経つのに、大市に行っていなかったなあと思い、東京からやってきた知人とともに訪れました。IMG_8223

すっぽんの丸鍋を頂くのは、20年ぶりでしょうか。つまりは、訪れるの2度目ということです。

こんなんだったかなあ、とお店のレイアウトに関する自分の記憶に自信なく、大衆食堂のような接客ぶりに淋しさを覚えつつ、20年の間に私の経験値もあがっているので、感激が薄れているのかもしれず。なんだかなあ。

外が明るいのは17時の席だから。19時と2回の入れ替え制。クリスマスイブの東京のレストランのよう。平日だったこともあり、17時席は男性客ばかりでした。

IMG_8243家に帰ってから効能を調べたところ、心臓と血管にもいいらしい。そうと知っていたら、もっと早く来たのにい。IMG_8237

この日の着物は、紬です。先月、浜作さんに着て行ったのは似た色ですが、色無地。紋を入れれば、格はあがり、お茶席にも着られます。

先月20日に開かれた杉本家住宅ブルーレイ完成披露シンポジウム(明日の京都主催)にも、この紬に刺繍帯を締めたところ、会場に来てくださっていたお姉さまたちのお褒めにあずかりました。前方の関係者席に座っていたのですが、この刺繍帯が気になって仕方なかったとのこと。京都で暮らすと、ときどきこういう会話が始まります。

2018年2月 ひいな、飾り直し



先日飾った御殿飾り、おひなさまを左右違えて飾ったので、お二人だけ並べ替え。京都は明治維新の前の並べ方、お内裏様が向かって右に来るのです。

この日の着物は、母の結城紬。梅文の帯を締めています。
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2018年2月 浜作さんへ



もうすぐ建て替えられてしまう浜作さん。色無地に梅の帯で。
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2018年2月 梅は咲いたか♪



IMG_8164北野天満宮へ。ここの境内は、梅が咲いていなくても梅文を纏いたくなるから不思議です。未だ咲きそめし、くらいでしょうか。

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花開いている梅の木を探して、撮影してみました。

母の晩年の着物に、赤地に白梅の描かれた帯を締めています。P2010085

2018年2月 建勲神社へ



早朝の建勲神社。船岡山にあります。織田信長を祀っているゆえ、歴女に人気らしい。この地の歴史については、時間のあるときに追記します。

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2018年2月 マイコさん、舞妓さんに会う



福生からマイコさんがやってきた。そういうときは、ぎおん楽楽にお誘いするのです。

マイコさんと知り合ったのは、横須賀の米軍基地でした。そのころは未だ、『ワシントンハイツ』を書くなどと想像もつかず、そう、四半世紀も前のことです。彼女のご主人は、ペンタゴンの教育者。在日の米兵の教育を担っていたのです。

帰ろうとして花見小路を上がったら、きゃ、久しぶりやねえ。先日四条通でスッピン状態で声をかけてくれた舞妓さん。一緒に写真を撮ろうとしたら、「外国人だかり」になっていまいました。

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