リメンバー・パール・ハーバー

 

日本人が無関心でも、彼らは忘れていない。真珠湾に攻撃を受けたハワイ時間の朝7時55分に、今年も追悼式典が行われた。あの瞬間、ハリウッド時間では9時55分。臨時ニュースが流れたのは10時半だった。

77年前のその日、米国時間では日曜日だった。日系二世のジミー・アラキが映画を観て家に戻ると、父親が木箱を用意して荷造りを始めていたという。「日系人は収容所に入れられる」と断言する父に、まだ高校生だったジミーは「アメリカの憲法と市民権で保障されている。日系人の逮捕は不可能じゃないか」と反論した。

詳細は拙著『スウィング・ジャパン』に譲るが、多くの日系二世たちは、ジミー同様、自分たちがアメリカ人として扱われると信じていた。ところが翌日からすぐ、その期待は次々と裏切られていく。収容所での悲劇の度合いは10か所それぞれ温度差があるものの、スーツケース2つにまとめて収容所送りされた当初の悲惨さはある種共通で、戦後の平和を享受してきた私たちには想像の域を超えるものだ。今後、万が一自分の赴任地で戦争がはじまれば、無関係でいられない。知っておく必要がある。

そういえば、今週のNHK連ドラ「まんぷく」は、主人公たちがGHQに逮捕された話で1週間を通した。今日が真珠湾攻撃だと意識しての編成ならかもしれぬ。中に登場していた日系二世チャーリー?(見張り役)の複雑な思いに少しでも興味を抱いた人がいたら、ぜひ読んでもらいたい(図書館にあるはず)。

京都で神社や能について少しは深めたいま読み返すと、出雲大社のことも幸若舞のことも、浅学丸出しで恥ずかしいのだが、77年前、日系人社会に何が起きたかを知る、糸口にはなるはずだから。