第12回アジア太平洋賞選考委員評

             (毎日新聞2000年11月8日より)

選考委員:松永信雄(アジア調査会会長・元駐米大使)
      田中明彦(東京大教授)
      渡辺利夫(拓殖大教授)
      松本健一(評論家・麗澤大教授)
      北村正任(毎日新聞社主筆)

信頼置ける入門書
    『運命の長女:スカルノの娘メガワティの半生』
                   ノンフィクション作家 秋尾沙戸子氏

アジア金融危機によって最も顕著な影響を受けた国はインドネシアである。30年以上にわたるスハル ト体制が崩壊し、ワヒド大統領を中心とする政権が民主的手続きによって誕生した。東ティモールが分解し、アチェやその他の地域での分離主義運動は続き、経 済情勢も苦しい。東南アジアの大国インドネシアの将来はまだまだ厳しいと言わざるを得ない。

そして、そのインドネシアにこそ、東南アジアにおいて戦後日本が最も重視してきた国である。学問的 にいっても、日本におけるインドネシア研究の水準は世界的なものが多い。しかし、それにもかかわらず、インドネシアの社会がどうなっているのか、どんな歴 史をたどっているのかについて明確なイメージをもって語れる日本人は多くはない。

そんな日本人にとって、インドネシア初代大統領スカルノの長女であり、そして現ワヒド政権の副大統 領となったメガワティ・スカルノプトゥリの半生を描いた本書は格好のインドネシア入門書である。

アジア金融危機前後のインドネシアに自ら飛び込んで体感した経験をもとに、一般読者と同じ視線でイ ンドネシアを描いていく手法は大変わかりやすい。著者の行動力と文章力はきわめて印象的である。

しかも、さまざまなエピソードの合間に展開されるインドネシア事情の解説は、単に現場にいて感じた というような印象論ではなく、それなりに、これまでの日本や欧米のインドネシア研究をそしゃくしたものであり、信頼性が高い。スハルト体制崩壊にいたるド キュメンタリーとしても読み応えがある。