7月14日 家族再会実現の裏側

 9日にジェンキンスさんがインターコンチネンタル・ホテルに入ってきたのを見て、不覚にも涙ぐんだ私であったが、日本では素直に感動できなかった人が多かったと友人がメールに書いてきた。つまり、これは参院選のための小泉の陰謀、いや醜い悪足掻きだというのである。

 ある雑誌の編集部から、この裏話が知りたいというのでジャカルタで、そしてワシントンからも電話取材を続けた。日本では5月22日に再訪朝し、7月になって急に実現したのは参院選で形勢不利だからゴリ押ししたのだというシナリオだと考えており、その裏を取りたいということらしい。

 しかし、現実は日本のマスコミが考えるほど、直前のドタバタではなく、6月初めから着々と準備を進めていたのであった。そして、想定したシナリオでないとすれば、日本のメディアの記事としては魅力がないというので、この話は掲載されなかった。

 現段階でわかったことは次のとおりである。日本政府は北京の北朝鮮大使館と交渉を進めていた。よって再開は北京でというのは自然の流れであったが、曽我さんが強く抵抗したため、ジャカルタでという話になった。

 インドネシアと北朝鮮の親密な関係は、初代大統領スカルノ時代に遡る。彼は欧米の帝国主義に疑問を抱き、第三世界は一致団結して中立主義を歩むべきだと考えていた。そしてインドネシアのバンドゥンで各国のリーダーを集めたアジア・アフリカ会議を開き、欧米から敵視される。その中には周恩来と金日成がいた。西側諸国には共産主義者だというレッテルを貼られがちなスカルノだが、彼の中では第三世界の一員として中国と北朝鮮を位置づけていたのである。

 その10年後、9.30事件というクーデター未遂事件が起き、第二代大統領となるスハルトはその首謀者を共産党とし、党員とそのシンパの大虐殺を行った。結果、中国との縁も切ることになるのだが、なぜか北朝鮮との国交は絶たれることが無かった。あれほど共産主義の色を消してアメリカに追随したスハルトでさえ、90年代には北朝鮮と国際社会のパイプ役を担うべきではないかと考えていた時期があるのだという。

 32年にわたるスハルトの独裁政権が倒れて2年後に政権をとるのがメガワティである。彼女は、第五代大統領に就任した翌年、韓国と北朝鮮を訪問している。南北の架け橋になりたい――。戦略を持たないとされるメガワティの政治家として唯一の執念といってもいいかもしれない。スカルノの長女としてバンドゥン会議で父に同行した金正日に会っているし、彼女自身も父とともに平壌にも行っている。くわえてスカルノは子どもたちの中でもメガワティにはよく北朝鮮の話を聞かせたらしい。しかも来年はアジア・アフリカ会議50周年。これをインドネシアで開こうと着々と準備を進めているのである。

 そこへ舞い込んできたのが、家族再開の場をインドネシアにしたいという日本政府からの申し入れである。彼女がノーと言うはずがない。これで日本にも北朝鮮にも恩を売れるのである。しかも、これがきっかけで日朝関係が改善されるとすれば、ファザコンの娘(アウン・サン・スー・チーほどではない)とすれば、大統領になっただけでなく、国際社会でもスカルノ家の名前を再浮上させられるというものである。

 交渉は6月初め、大使がメガワティの了解を得るのと同時に、日本政府は北京の大使館を通して北への打診を続けていた。そして北京で開かれた6カ国会議で斉木審議官が北朝鮮側と交渉を詰め、その確認を6月末にジャカルタで開かれたASEAN外相会談で外相同士が行うという、まことにラッキーなシナリオが描けたというわけだ。これは日本政府にとって、なんとも好都合であった。本来、出席の必要がない北朝鮮の外務大臣が、メガワティの采配によってASEAN外相会議に出席していたからである。さらには、アメリカからパウエル国務長官が同席したことも日・朝・印尼3国を安心させることとなった。

 それにしても、お見事なのは金正日である。ASEAN外相会議の段階では23日の誕生日前に、とだけ言っていたのに、7月9日、参院選の前々日にぶつけてきたのである。どうせ日本の申し出を受け入れるなら、効果的に、思い切り派手に、小泉に恩をきせてやろう。経済支援を得られるなら、日程を繰り上げるなんてどうということはない。そうほくそえむ金正日の顔が浮かんでしまう。

 そもそも今回の交渉では、総理の野心のせいで日本が大きな借りを作ったと私は考えている。日本のマスコミが描く、参院選に勝ちたい自民党総裁としての悪あがきよりも、対北朝鮮外交における借りのほうが批判されるべきである。

 しかしながら、日朝関係改善が前進したことは評価されるべきである。たとえ、それがメガワティと小泉と金正日の3人の野心の果てに実現した再会だったとしても、である。金正日からみれば、この2人でなくなると、北の窓口がなくなるわけで、少なくともメガワティには暗に選挙に勝って北との親睦をますます深めて欲しいとメッセージを送ったそうだ。さらにアメリカの大統領がケリーに決まってくれれば、と祈っているに違いない。