2015年01月 立春に向けて

わくでんIMG_3355和久傳丸の内店にて。アイフォンで撮影。
サラリーマンだった父のところには、取引先から山のようにお歳暮が届いていました。そういう立場の方々へは、お正月の準備に忙しい年末に心をこめて贈っても、印象に残ることもなく紛れてしまうことを知っています。だから、年が明けてから寒中見舞いをお送してきた私ですが、今年は「立春大吉」のカードを添えて、2月4日着を狙いました。「春を待ちわびて」という大女将直筆の熨斗紙をかけてもらいつつ。
京都の和久傳という手もあるのですが、戻るのが2月2日であったため、東京着の分は丸の内で手配したのでした、
 
 
 

中東の渦に巻き込まれた日本

日本の人質事件、ヨルダンにしてみれば、甚だ迷惑な話だ。どんな莫大な援助を手にできようとも、日本人ひとりのためにヨルダン国民を犠牲にするわけにはゆかない。

そもそも、このタイミングに中東歴訪を企画したのは誰なのか。財界からの要請もあったやもしれぬが、今年は戦後70年という世界共通の節目であり(昨年は第一次世界大戦勃発から100年)、暴動・戦争が起きやすいとの見方が、暦の上でも明白な年である。各国のトップはもちろん、そのことを熟知している。安倍総理だけ知らないはずがないのだ。

おまけに、昨秋には人質がとられていたわけで、そのリスクを計算できないわけもあるまい。 なのに、イスラム国を名指しして刺激するスピーチを行い、イスラエル首相との2ショットが世界中に配信されることは、極めて危険。あの映像を見た瞬間、つまりは人質事件が明るみに出る前から、不吉な予感がしていた。

他方、サウジの新国王が、前国王の側近などを排する綱渡り人事を行っている。極めて危険な状況だ。イスラム国がいつ攻め入るかもわからない。その流れの中に日本が組み込まれたことで、国民一人ひとりの命も脅かすことになったことを私たちは覚悟せねばならない。

中東の中でジタバタするより、ロシアなど中東に強い大国のパイプも使うべきではないか。地球儀を俯瞰する外交を目指すなら、そのくらいやってのけるべきだ。

和久傳のお正月

京都の料亭は、正月二日から営業しています。京都に来た当初は錦市場を走り回って自らお節料理を作っていましたが、今年はお節は元旦と朝昼だけにして、夜は食べに行くことにしました。

カウンターの手さばきも美しい上、会話も楽しめます。和久傳の板場のレベルはかなり高いです。

外に出たら雪。今年のお正月はずーっと白銀の京都でした。

世界秩序のこれから

「戦後70年」は日本だけではありません。今年は世界共通の節目。気候変動に加え、世界秩序の枠組みが変わる可能性もあります。その潮流に日本だけが無事でいるのは難しい。あらゆる事態を想定して行動すれば、同様は少なくて済みます。

 

受験科目に日本語を

ある大学教授のもとへ学生より招待状が届く。学生主催の会への誘いだが「枯れ木も山の賑わいだから」との一言に教授はあきれ果て、もちろん欠席。偏差値の大学なのに、間違った日本語の使い方。これって入試科目に国語がないから?理系も文系も受験で正しい日本語を勉強させるしかないかもしれませんよ。

人質事件:総理のスピーチを書いたのは誰か

今朝早くから何本かツイートしていますので、貼り付けます。

①人質の一人は昨年すでに誘拐されて、家族あての身代金要求があったという。それを知っていて、政府はなぜ相手から突っ込まれるようなスピーチを安部首相にさせたのか。ライターの責任は大。

②海外での「人質ビジネス」を日本人は知るべき。背後に大きな存在があり、経済が安定している日本は狙われています。ここで身代金を払えば、今後も世界中の日本人が人質にとらえられることを覚悟せねばなりません。だからこそ安倍総理のスピーチが残念でならないのです。いいガタリをつける口実を与えては駄目。

 

2015年01月、吉岡幸雄展へ皇帝紫の帯で

IMG_3003吉岡先生とJR京都伊勢丹で開かれていた吉岡幸雄展、最終日に伺いました。皇帝紫の研究者と知られている吉岡常雄さんの帯を締めて。ソロモンと題された図です。着物もやはり貝紫。青山みともさんのはメキシコの貝紫と聞いています。
IMG_3001 (2)菊池寛賞の授賞式の際、本当はこのコーデで出席したかったのですが、着物が単衣だったために断念。人形仕立てにした今年は、冬でも大丈夫。この帯を締めて先生との2ショットを撮る計画がようやく実現するはずでした。
ところが、会場にいた人々が先生と帯をセットでカメラに収めたいというので、後ろを向いたところ、先生がそちらのカメラに目線をあわせ、結果、失敗に終わったのでした。トホホ・・・。

吉岡幸雄展、本日まで

IMG_3001 (2)染織家吉岡幸雄さんの個展@JR京都伊勢丹の最終日へ。

皇帝紫(貝紫)の研究者として知られる、お父さまの吉岡常雄さんが描いた帯を締め、記念撮影を試みたのですが、会場にいらした方々が皆、帯を撮影したいということになりお太鼓を向けて見せたら、先生の目線がそちらに向かうことになり、私との2ショットは失敗に終わりました。

生かされていることに感謝

今朝目覚めたのが5時46分。この偶然に驚きながら、亡くなられた方々へ思いをはせつつ、暗闇の中で地震を体験する恐怖を考えてみました。自分が生かされていることに改めて感謝。
20年前、現場に入った瞬間を思い出すと胸が苦しくなります。
天皇皇后が参列された117の集いをNHKで観ながら、遺族代表や子どもたちのスピーチについ涙してしまいました。
実は今日は母の命日なんです。帰らぬ人になったのは震災の2年後。117は個人的にも重い日です。