夏越の祓

6月30日は夏越の祓。半年間の祓をせねば。

ちのわ東京では茅の輪くぐりができる神社を探すのが大変でしたが、京都では6月になると、其処彼処の神社仏閣に茅の輪が設置されます。IMG_1989

健康不安の今年は、3つの神社に参拝しました。「千歳の命のぶといふなり」の言葉をとなえながら。朝、上賀茂神社の神事に参列。午後には八坂神社、白山神社で茅の輪をくぐり、夜は上賀茂神社の夏越の祓へ。

「風そよぐならの小川の夕暮れは、禊ぞ夏のしるしなりけり」IMG_8150人形

IMG_8169★この歌が詠まれたほど、上賀茂神社の夏越の祓は有名だったのですね。平成のいまでも、午後8時より体現できるIMG_2048ちのわのです。

参拝者が名前と年齢を書いた人形(ひとかた)を、一枚一枚、神職が、ならの小川に流し、薪から時折、火の粉が降りかかる。まさに、火と水で禊を行うわけです。

朝は時間がなかったので、洋服で神事に参列。白のアンサンブルに黒い靴。神職さんを真似ています。夜は立て涌のお召に、八咫烏の帯。上賀茂神社ですから、ヤタガラス文。

2016年6月 夏越の祓@上賀茂神社

IMG_19706月30日は夏越の祓。半年間の祓をせねば。
東京では茅の輪くぐりができる神社を探すのが大変でしたが、京都では6月になると、其処彼処の神社仏閣に茅の輪が設置されます。
健康不安の今年は、3つの神社に参拝しました。「千歳の命のぶといふなり」の言葉をとなえながら。朝、上賀茂神社の神事に参列。午後には八坂神社、白山神社で茅の輪をくぐり、夜は上賀茂神社の夏越の祓へ。
「風そよぐならの小川の夕暮れは、禊ぞ夏のしるしなりけり」
この歌が詠まれたほど、上賀茂神社の夏越の祓は有名だったのですね。平成のいまでも、午後8時より体現できるのです。
参拝者が書いた人形(ひとかた)を、一枚一枚、神職が、ならの小川に流し、薪から時折、火の粉が降りかかる。まさに、火と水で禊を行うわけです。
何を着たかといえば、朝は時間がなかったので、洋服で神事に参列。白のアンサンブルに黒い靴。神職さんを真似ています。夜は立て涌のお召に、八咫烏の帯。上賀茂神社ですから、ヤタガラス。でも、絞めることが許されるのは今日まで。来月からは夏帯ですから、秋の烏相撲までお休みです。

2016年6月 祇園祭の帯

祇園祭の帯が欲しくて、京都のアンティークショップを巡ったことがあります。ようやく出会ったのが、この綴帯。月鉾です。
でもねえ、最初は躊躇したんです。だって、夏帯じゃないもの。6月までしか締められないもの。でも、6月末のお茶会には締めてもいいかなあと思って購入しました。お値打ちだったので、二部式に作り替えています。
残念ながら、今月の月釜に行けず、八坂神社本殿脇で撮影してみました。着物は単衣のお召です。

2016年6月 八咫烏の帯 on 向日葵文

先日、向日葵が咲いているのを見たのは、先日訪れた伊勢でしたか。そろそろ京都の花屋店頭にも向日葵の切り花が並ぶようになりました。
向日葵紋の単衣は、今頃がふさわしいのでしょうね。この着物は、実は羽織だったようです。洗い張りをしたらしく、母の箪笥に丸まっていた反物を、染抜きの後、仕立てようとしたところ、羽尺とわかり、真っ青になった私です。だって、いつ着るのでしょうか、向日葵文の羽織なんて。絽ならともかく、暑くて暑くて、平成のいまでは、出番がありません。だから、黒の布で継いで、着物として仕立てたのです。京都なら、どうということない仕事ですが、東京の呉服屋さんは困っていました、私の無茶振りに。いまとなっては、懐かしい思い出です。この日、帯留は黄色の向日葵にしてみました。帯締と帯揚げは、葉っぱの色で。
例の八咫烏の帯、黒白には合うはず。上賀茂での歴史研究会に行く途中で雨に降られましたが、参集殿にて撮影。神紋の二葉葵とともに、八咫烏の帯をカメラに収めてもらったのですが・・・。
襦袢は、蜘蛛の巣文の絽(右は袖から少し見えている写真)。

2016年6月 北斗七星の帯@伊勢神宮外宮

昨夏、北斗七星の帯を手に入れてから、これを締めて外宮参拝するのが夢でした。ようやく実現したというわけです。
この意味が分かる人は、かなり神社通、いや歴史通ですね。外宮の大切な神事においては、神職が北斗七星文の装束を着用するというコアな情報があります。
写真は早朝、多賀宮から降りてくる途中。外人観光客の人に撮ってもらいました。
この後は、伊雑宮へ。

2016年6月 若冲の帯は雨ゆえ諦め、亀甲文で


雨の日のお茶会って、何を着ていいか迷いますよね。
昨年に続いて、蛍の茶会なるものが、亀岡の樂樂荘で開かれました。高級な着物を強いられるような緊張した茶会ではなく、比較的若い人々の集まりで、夜は地鶏や亀岡牛のバーベキュー。その後、川のほとりに飛び交う蛍に会いに行くというもの。
本当は若冲の蛙の帯を締めるつもりだったんんです。昨年の経験では、蛍狩りに出向く川沿いでは、田んぼに潜んでいる蛙の合唱が見事なんですね。漆黒の中、その声と蛍の光を眺めていると、自然のすばらしさを思い切り体感できる。
なのに、京都では土砂降り。「今日は洋服のほうがいいですよ」とご亭主に言われていたものの、茶室に洋服で行くなら、ロングスカートに白いソックス持参。お稽古ならそれでいいけどねえ。それに、雨はスカートの裾も濡れそうな勢い。天気予報を見ても雨雨雨。「じゃあ、濡れてもいい着物をお召になったらどうですか」
困りましたねえ。たっくさんあるのに、単衣は絹がほとんど。上布(麻)は6月の茶席では違和感あるし、襦袢を下に着て浴衣を着るのも、7月まで我慢すべきだし。コートを着れば、絹を着て若冲の帯がいいけれど、バーベキューの油が困りもの。うーん、たしか母が綿の着物と教えてくれた単衣があったはず。急いで家探し、奥から引っ張り出して、着てみました。亀甲文といえば出雲大社。そうだ、亀岡には出雲大神宮がある。亀甲文こそふさわしいじゃない、などと勝手に決めて。
もう少し暑ければ、帯は朱の羅にしたいところですが、しかし、気温も低かったんです、この日。亀岡では22度とあります。なので、安易だけれど、紅い蝶文を締めてしまいました。何より、二部式に作り変えたので、締めるのが樂なんです。
さて、蛍狩りはといえば、今年最初で最後。会えてよかったあ。今年は暑かったので、京都市内では5月に飛び始め、逃していました。
昨年は、向日葵の絽ちりめんを着用。帯にトンボを飛ばして。明治の洋館をバックにいい写真が撮れています(2015年6月参照)。

2016年6月 麦文に夏燕

京都府庁・旧本館・旧議場にて。
「神饌」についての講座を拝聴するため伺いました。数日前に百人一首かるた研究会に参加した折は、病院での診察の後ゆえ、着物を断念した経緯があり、今回は和服を纏ったというわけです。
6月半ばで30度。あまりの暑さに、着物は絽にして涼しく保ち、透け感のない燕の帯を締めております。燕は5月かもしれないけれど、夏燕ということで。