2003年7月3日

月下氷人

夜9時から六本木ヒルズの個室で食事をした。建築家の隈さんとEZTVの矢野さんをお見合いさせるためだ。

最近、こうした月下氷人役を買って出ることが多い。仕事柄、大勢の人々に会う機会に恵まれてきた私だが、才能のある人々を引き合わせることも自分の任のような気がするからだ。新たなコラボレーションに喜びを見出すのは年老いた証拠かもしれない。

隈さんがトイレに行った隙に関西弁で矢野さんいわく、

「目茶目茶、頭いい人ですね。質問に対しての答が明確だわ」

隈さんの建築に対しての考え方を聞けば、彼が時代をどう捉えているかよくわかる。その目線の鋭さと深さに感動したのだと思う。

食事の後、隈さんが設計した図書館を見に行った。二ヶ月ほどまえ前に会った新聞記者がプレオープンで図書館を見学して、メンバーになろうか検討中だと話していたので、一度入ってみたいと思っていたのだ。

なるほど、自分の仕事場では得られない空間。東京の街を見下ろしながら、あらゆるオブリゲーションを全部投げ出して、読書三昧してみたくなるのは頷ける。デスクも椅子も非日常的なのがいい。サラリーマンだったら、家や職場を離れて、ここで小説のひとつも書いてみたくなるに違いない。いや、狭いマンションに住む主婦にとっても、家事や育児、介護からの逃避行的空間になりうるのだが。

そうだ。そんな二人の恋の物語もあるかもしれない。そういえば、「恋に落ちて」の始まりもNYの本屋さんだった。

帰りのタクシーの中での会話によれば、隈さんも矢野が気に入ったらしい。西麻布で私を降ろすと、外苑前の事務所へ戻っていった。売れっ子は夜中も仕事に忙殺される。

彼らが恋に落ちるかどうか。残念ながら、私の任はここまでである。