6月20日 ジョージ・フォアマン、そしてグリル

 ワシントンに来て間もないころ、食器を買うためにデパートに赴いた。エスカレーターをあがっていくと、そこに積まれたダンボールの箱で微笑んでいる1枚の写真。スキンヘッドの男性はジョージ・フォアマンに似ているけど、まさか――。

 どう見ても、フォアマンである。しかし、ニッと笑うその笑顔が、どうも私の中のイメージと違うのである。彼は渋く戦う人でなければいけない。少なくともNHKのドキュメンタリーを見た人ならそう思うはずだ。沢木耕太郎の書いた(とされる)あの渋いナレーション。あのイメージからは遠すぎる。

 しかも、その箱の中の商品はグリルである。斜めになっていてハンバーグの余分な油が落ち、太らない電気グリルなのだ。その箱の中には、コーヒーメーカーとトースターまで入って29ドル99セントなのである。あまりの安さに私はしり込みをした。フォアマンの笑顔もチープ、3点セットもチープ。このチープには何か裏がある。そう疑って、家に戻った。

 そして3日後、再び出かけてみると、同じ箱が59ドル99で売っているではないか。あれは幻だったのか。なんだか夢から覚めたようなショックに思わず店員に尋ねると「あれは週末セールさ。またやるかもしれないから週末にくれば」とあっさり言われた。ほんとうかな。未練がましく土曜日にでかけてみると、なんと再び29ドル99セントで売られているではないか。しかも、とても肉づきのいい黒人のおばさんが、その商品を買おうとしている。彼女に写真の主を尋ねてみた。

「あら、もちろんフォアマンよ。ほらグリルのチャンプって書いてあるでしょ」

  たしかに、よく見れば、GEORGE  FOREMANと書かれている。この笑顔が情けない気もするが、どうせコーヒーメーカーもトースターも必要だ。3つで3500円なら試してみることにしよう。

 ところが、これが優れものなのである。電気代をどれほど食うのか知らないが、すぐに熱くなってハンバーグがあっという間に出来上がる。一人分のひき肉をラップに包んだものを冷凍庫から出して解凍し、そのラップを広げて玉ねぎ(急ぎのときはフリーズドライのねぎ)とドライにんにくの粒、ハーブ、パン粉、そしてチリパウダーを混ぜてこねたものをフォアマングリルで焼くと、これがいいツマミになり、いいおかずになるというわけだ。しかも簡単にできるので、ペーパーを書きながらでも用意ができる。サラダでも用意すれば食生活は万全だ。お弁当にも楽そうだから、日本で売れば必ずヒットすると思う。

コーヒーメーカーとトースターはおまけみたいなものだから、ま、最低限の機能しかなくてもよしとしよう。とにかく私はこの買い物に、いたって満足だった。

そして、これには続きがある。ひょんなことで知り合ったグリルだから、どれほどメジャーかもわからない。しかし、東京のマツキヨ的ドラッグストアCVSにも置かれ、デパートでも週末ごとにフロアに並ぶこの商品は、一人用から大家族用まで、実に種類が豊富なのである。夜中に放送されるテレビ・ショッピングではフォアマン本人が出てきて商品説明をする始末。どうやら彼は破格の契約金でこの商品に名前を売ったらしい。

商品は一押しだが、この笑顔を見たら失望する日本のファンも多いだろうなあ。いや、もしかして本当にコアなファンは、驚かないのかもしれない。今日はハムをグリルしながら、ふとそう思った。