9月○日 ラミー人形

  迂闊にもラミー人形を買いそびれてしまった。
 ラミー人形を初めて見たのは、昨年の秋のことであった。ワシントンのダレス空港で、箱に入ったGIの人形の隣に置かれていた。
 「ラミー人形」
 まさか、ラムズフェルドの人形が存在するなんてことはないよね。イラク戦争の諸悪の根源の一人なのだから。
 しかし、顔の作りがどう見ても、ラムズフェルドなのである。しかも、ラミーはアメリカでのラムズフェルドの愛称だ。GIと並んで国防長官の人形があっても、おかしくはないけど、なんだかなあ。  その時はあまりのおぞましさに、つい買いそびれてしまった。買うことが恥ずかしいとさえ感じた。いまとなっては、話の種に買っておけば良かったのだが・・・。
 日本なら、悪玉の人形といえば、ニュース番組でキャスター席に並べてあるセットのひとつに存在するのがせいぜいだ。いやあ、待て。イスラーム圏にはオサマ・ビン・ラディンの人形が売られているという。アメリカ人なら、それを見て気色悪いと感じるはずだ。私の反応はそれと同じだったのかもしれない。
 人形が存在するくらいなのだから、ラミーはやっぱり人気者なのである。だが、一体、誰が買うのだろうか。ラミー人気を支えているのは、中年のオバサマたちだと認識していたのに、こんな身長30センチ以上もの大きな人形を買って飾るのだろうか。
 911直後にNYを訪れた時、友人はこう言ったものである。
 「ラムズフェルドってさ、カッコいいと思わない?アメリカの理想的なおじ様っていう感じよね」
 彼女のこのコメントは、周囲のアメリカ人の評価を反映してのものだったらしい。ワシントンに来てから、彼が全米の中年女性の憧れの的であることを知る。
 捕虜収容所における虐待問題が出てきた時でさえ、タクシードライバーはこう語っていた。
 「ラミーがすべて悪いのさ。彼が大統領を動かしていたんだから、もちろん、虐待の話だって全部知ってい るはずだ。でも、そのこととは別に、彼は エレガントなんだよ。アメリカの男性はこうあってほしいというエレガンスを持っている。見てくれだけでなく、話し方もね」
 虐待問題が表面化した裏には、アメリカ軍内部での彼に対する反発が存在する。彼は軍の予算を減らし、改革を進めてきた人物だ。アメリカ軍のアウトソーシングが進んだのも、この改革と無関係ではない。それにより、国軍内の士気が下がったことも事実だし、彼に対する反発が現場で広がっているのも想像の範囲だ。
 しかし、虐待問題が取りざたされてもなお、ブッシュ大統領は彼の首を跳ねなかった。そして彼を支えるようにペンタゴンには指示した。ある国軍関係のセレモニーでラミーが演説をした時には拍手が鳴り止まず、テレビの中継を見ていた私は面食らったものだ。
 これも昨秋のことだが、あるシミュレーション・プラクティスに大統領役でやってきたオルブライト女史が、学生の質問に答えてこう語ったのを思い出す。
 「私が大統領だったら、ラムズフェルドかチェイニーを辞めさせて選挙に臨む」と。
 しかし、結局、ブッシュはそうはしなかった。共和党大会に登場させなかっただけでも、意味があったとしておこう。同時に、パウエルも登場しなかったのだが。
 プリンストン大学時代、レスリング部に所属し、政治に携わってきてからはニクソンに楯突いてNATO大使に送られたこの男は、何度も大統領候補を志し、現在にいたる。