いよいよ発売! 『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』

いよいよ1月19日、全国書店に並びます!

いまアマゾンでご予約頂くと、19日にお手元に届きます。ぜひ。

カバーイラストは、わたせせいぞうさんにお願いしました。帯は、アキオ所有の綴れ、鳳凰が描かれています。

2024年世界文化社刊/定価1600円(税別)/ソフトカバー/256頁
ISBN-10 ‏ : ‎ 4418235019

双龍のカーデガン@上御霊神社

徹夜して歳旦祭に出たあとは、いつもなら家に直帰して仮眠後、羽子板づくしに着替えるのですが(詳しくは、『京都で、きもの修行』を参照)、今年は池に龍神が宿る神泉苑に参拝。仮眠の時短のため、双龍のカーデガンを纏って、上御霊神社に参拝。献じたお餅と記念撮影したかったので。その後、神明舎に向かったのでした。

最下段、一番左のお餅に、秋尾沙戸子の名前、確認できます。

もんたよりのりさんのご冥福をお祈りします

#もんたよしのりさん の、あまりに突然で、早すぎる旅立ち。残念でなりません。よりによって、母と同じ解離性動脈瘤だなんて・・・。昨夜から「もんた節」が頭の中をぐーるぐる。
もんたさんとは90年代後半、関西テレビ「#ワンダラーズ」で司会をした間柄。深夜の報道討論番組で、最後は生ピアノで閉める構成でした。セットにお金かかっていますよね。
彼の洞察力、半端なかったんです。本質をつく一言、どきっとしました。彼の語りは説得力があって、教祖のようなオーラを放っていました。調査に来た税務署員が信者になってしまうほど、聞き入ってしまうんです。若いころからのエピソードはどれもこれも奥深くて面白すぎ。番組収録後の食事会も充実していました。
でも本当は偉大なるシンガーなんですよね。パーティで彼の生歌を初めて聴いたとき、心底スゴイと思いました。アフリカを旅して、酋長に気に入られるの、わかります。言葉が通じなくても、ソウルが伝わるから。
まだ心の整理がつきませんが、心よりご冥福をお祈りします。合掌

ユキトリイ2024春夏コレクション

4年ぶりの、#YUKITORII 2024年春夏コレクション。鳥居ユキ先生と、はこだて未来大学の美馬のゆりさんと。10月13日金曜日、晴海のショールームでランウェイショー終了後。

纏っているのは、#ユキトリイ 2023秋冬コレクション。バッグは #アナンダ。写っていないけどバレエシューズもオレンジ色で #アルシュ。カチューシャは #アッカ です。

誕生日は、虎を纏って

引き籠りで顔マンパチ、慣れない自撮りでボケボケ写真の投稿、どうぞお許しを。記録と割り切り、現在の自分を修正なしでアップいたします。

8月10日、ひとつ歳を重ねました。今日まで生あることに感謝しつつ、丁寧な暮らしを心がけます。

原稿がいよいよ間に合わないかも状態になったので今日も引籠るべきでしたが、某お料理教室と重なり外出。夏らしい、出汁と食材が一級の手間暇かけたお料理、頂いてきました。

寅の日生まれ ゆえ、お誕生日には 虎のスカート を纏って。

ブラウス、ベルトは #YUKITORII スカートは #GUCCI カチューシャは #acca

 

灌仏会 (花まつり)@東京

今日は #お釈迦様のお誕生日。お釈迦さまが生まれた #ルンビニ にある花園ようなお洋服で、#永平寺別院長谷寺(ちょうこくじ)へ。

今朝まで東京。#花御堂 のお釈迦様に #甘茶 をかけられるお寺を探したら、ありました、西麻布に。10時から法要に間に合うよう出かけたら、お堂にあげてくださいました。曹洞宗 永平寺の法要 を拝見するのも、東京での灌仏会も初めて。

京都では、#妙心寺 や #六角堂 で手を合わせ、京都仏教会の「お釈迦様を称える夕べ」に参列していました。ルンビニのお花のアレンジはお寺によって色々で、それを拝見するのも楽しみ。写真の花御堂には、境内のツツジや牡丹も入っていました。

ルンビ二のようなお洋服は、#ユキトリイ の2022春夏コレクション #フラワーガーデン。折しも明日はキリスト教のイースター。このお洋服は復活祭にもふさわしい気がします。

プロフェッショナル再放送

もしも夜更かしされているなら・・・
1時28分よりNHKで、プロフェッショナル 仕事の流儀「“普通”を極めし、その先に~日本料理人・森川裕之~」が再放送されます。
例によって、私が瞬間的に映り込んでおりますが、とても良い番組なので、ご高覧をオススメします。

森英恵さんのご冥福をお祈りします

東京女子大の先輩でもある森英恵さんがいち早く世界的デザイナーになりえた裏に、占領期に日本へやってきたアメリカ将校夫人の存在があります。明治神宮隣にできた「ワシントンハイツ」のような米軍家族住宅は戦後、「日本人の衣食住をアメリカ化」する役割を果たします。住空間から畳が消え、和服を捨てて洋服に走るのです。
将校夫人の衣服縫製を依頼された森英恵さんは、将校夫人たちが持ち込む型紙を通して、丸いフォルムを覚えます。それらは、彼女がドレメで学んだ型紙と全く違ったのでした(拙著 第9章 有閑マダムの退屈な日々 参照)。その後、日本は空前の洋裁ブーム。アメリカに残されている占領期の日本の地方紙には、雨後の筍のように、洋裁教室の広告がぎっしり掲載されていたのをこの目で確認しています。
私も80年代終わりに、香港やバンコクでお気に入りの洋服持ち込んで、同じフォルムの服を作った経験があります。香港男子は私の服を解体して型紙をとり、縫い直して返却してきました。当時のアジアはまだまだ貧しく(90年代に入って目覚ましい成長を遂げるのだが)、彼らは先進国から来た客の情報をむさぼるように吸収しようとしていたのです。占領期の将校夫人からしたら、森英恵さんの「ひよしや」は、そんな店だったのでしょう。
ハンカチやトイレタリーなど、ライセンス事業であらゆる商品にハナエモリの蝶々が溢れた時代、正直、辟易して目をそらしたこともありました。でも、80年代に買ったVIVIDの赤いスーツとトロピカル風スカートは、いまも手元に残しています。
25歳で結婚した私に財力はなかったけれど、もしも富裕な一族に嫁ぐようなご縁があってドレスをオーダーしていたら、どんなデザインだったかなあと、森英恵さんの旅立ちを機に妄想してしまいました。
先輩のご冥福を、心からお祈りいたします。合掌
追記:文庫版『ワシントンハイツ』はデジタル版として販売されていますが、単行本・文庫本ともに新しい紙の本をご所望の場合は、神明舎で受け取ることができます。ご連絡くださいませ。

三宅一生さんのご冥福をお祈りします 1

ドイツ語のプリーツプリーズの本に、20世紀末の私のマンションの様子が掲載されています。カメラマンの都築響一さんの連載「着倒れ方丈記」プリーズプリーツ編で取材を受け、それが転載された形です。写真はママでなく、一部を掲載(母の形見となった桐たんす、削ったばかりでピカピカです)。
なで肩の私はキャスター時代、肩パットのある服を選んでいました。NHK「ナイトジャーナル」では、ティエリー・ミュグレーを購入していたのです。高島屋がライセンス契約をし、スーツなど日本人にあうデザインが豊富にあったころです。
その後、週一の関西テレビ通いと東南アジア取材モードになると、プリーズプリーツが主流になります。アジア圏では足を隠せるロングスカートが好ましいのと、移動にかさばらないのとで。(民放はクレジットが入るので、番組衣裳はスタイリストさんが借りてくれていたので)。
このプリーズプリーツ、東京では最初、クリエーター系女性の服で、どこか遠い感じでした。制服と呼びたくなるほど、パーティに行くと、お姉さまたちが黒のドレスに身をまとっていたのです。次第に色のバラエティが増え、私にも似合う色が制作されるようになって、この世界にはまっていきます。
東京の「よしおか」でも講座を持っていらした染司の吉岡幸雄先生には、「からだに優しいシルクを着るべき、アキオさんみたいに化繊を着たらあかん」と嫌味を言われていましたが、プリーズプリーツのワンピとカーデガンのコーデ・エクササイズは、和服の帯と着物のコーデの基礎になっています。
いまでも手元に残しているのに、なぜ着ないかって? お腹が出ているからです。プリーズプリーツは着る人のフォルムに忠実です。特にワンピを着ると、おなかの出っ張りが仇となるのでした。
ドイツ語版のこの本に登場する面白い柄、ほとんど私の手元にあるの、恐ろしいです。少し涼しくなったら、ご供養の意味でも、久しぶりに袖を通してみましょうか。おなかを引っ込める努力とともに。
表参道のお店でイッセイさんと交わした会話については、また改めて。
合掌

蜷川有紀さん個展、日曜日まで

あれは4年前ーー。有紀さんの個展レセプションに出席すべく渋谷公園通りを歩いていると、あれ? 三代目龍村光峯夫人。中に入ると、あれ? 能楽師の河村晴久さん。ここは京都だった?
もちろん、女優や作家がたくさん押し寄せて、東京組もいるんだけど、この京都率の高さは何? と思ったものです。その日は、猪瀬元知事との婚約発表の場でもありました。
猪瀬さんはノンフィクション作家の大先輩。他方、有紀さんとは、服飾デザイナーの鳥居ユキさんのご縁(写真の服もユキ先生のアイリス柄)。朝の番組コメンテータとしてYUKITORIIのお洋服を借りていたたためご招待を受けるようになった東京コレクション。年に2回著名な方々とお目にかかるうち有紀さんともお話するようになり、しかし、ある日、絵も描かれると知って驚きました。さらに、あの猪瀬さんと再婚するというニュースは、目が点!の衝撃でしたが。
舞台「サロメ」が強烈で、女優としての存在感、若いころから注目していました。が、ご本人は子どものころから絵描きになりたかったとか。前回は薔薇一色の印象。実はダンテの『神曲』に挑戦していたのだと知り、感動を新たにした次第。これからの展開が楽しみ!
我家の壁は収納でぎっしりなので、小さめのを購入できればと期待したのですが、どれもこれも欲しいのは、全部赤丸。特にお気に入りの少女の絵は、みんなに愛されているみたい。やはり個展は初日に行かないとだめですね。
そのうち猪瀬さんが会場来られて、例のごとくマイペースぶりを発揮。それを上手にいなす妻ぶりも微笑ましく、最後は、猪瀬さんご自慢の赤いテスラに乗せていただき、西麻布までご一緒したのであります。
個展は日曜日まで。外出したら渋谷駅で下車して、ぜひBUNKAMURAへ。

 

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