2016 年10月 上賀茂神社の祝宴

%e2%98%85img_4709%e2%98%85%e2%98%85%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%96%e3%83%ab%e5%89%8d%ef%bc%91昨年、本殿の遷宮を終え、天皇皇后両陛下も参拝された上賀茂神社。僭越ながら、とある祝宴の席に寄せていただきました。
%e2%98%85img_4748%e2%98%85%e2%98%85img_4752%e2%98%85こういうときは当然、上賀茂神社にまつわる着物で出席をと考えるのが筋で(と私が勝手に考えているのですが)、帯を葵桂か、八咫烏か、迷ったあげく、秋らしい色の母の着物に、この葵の帯を締めることにしました。紫と紅に加え、赤茶色の葵もあるゆえ、着物と調和させられたわけです。桂がスサノオブルーなので、帯締めとラリマーをそろえてみました。あ、襦袢は丹塗りの矢を意識して、赤の矢絣です。後で写真をアップしますね。%e2%98%85%e4%ba%8c%e8%91%89%e8%91%b5%e3%80%80%e5%be%8c%e3%82%8d%ef%bc%93
ホテルのお料理も負けてはいません。上賀茂神社境内を模したオードブル、丹塗りの矢、二葉葵を描いたデザート。今回は、賀茂別雷神への崇敬度を、シェフと競う形となりました。%e2%98%85img_4756
唯一の後悔は、指輪。葵にあわせて、ハートモチーフにすべきでした。
 

モスキーノのハートモチーフ

モスキーノといえば、ハートモチーフ。ベルリンの壁崩壊20年の式典のため訪れたベルリンで購入。高かったけど、記念と割り切って。

ノースリーブのドレスとJK。秋冬のパ-ティに着られると判断したのですが、東京でお世話になった整体師の結婚披露宴で着用。本当は和服のつもりだったのに、前日、京都を出る際に電話が入り、お悩み相談に時間をとられ、パッキング漏れ。前夜にアイロンをかけた襦袢を忘れたためです。中振袖だから、ほかの襦袢ではダメなんです。

なんといっても、裾のラインが魅力。だから立食向けなんです。着席だと、単なるスーツと思われて、残念な組み合わせなのですが、昼間の披露宴なので、ロングドレスも憚れたのでした。

バッグは真っ赤なハート型。写真は後で掲載しますね。

モヘアのスーツ

陶芸家の会田雄亮先生が旅立たれて、もうすぐ1年になります。伊勢丹では、11月2日から回顧展が開かれますが、ご縁は、鳥居ユキ先生の東京コレクション。奥さま(向かって右端)とユキ先生が幼馴染でいらっしゃることから、年に2度、お目にかかり、国際情勢についても意見交換をさせていただいておりました。

写真は、数年前のコレクション後のレセプションで。モヘアのスーツは、もちろんYUKI TORIIの作品です。

プリーツ・プリーズを着ていた時代

ドイツで出版された本に、我家が掲載されています。

といっても、90年代末にカメラマンの都築響さんが連載されていた「着倒れ方丈記」のプリーズプリーツ編が私の部屋だったために、それが採用されたというわけです。プロのお仕事ですので、一部のみ切り取って、こちらにアップさせていただきました。掲載写真では、テーブルの上にもびっしり並んでいるんです、ワンピースが。

いまは YUKI TORII一筋ですが、アジアを取材していた時代は、折り畳みのきくプリーツプリーズが便利だったのです。

撮影当時は、西麻布のアパ―トからマンションにバージョンアップしたばかり。母の形見の箪笥も、手入れに出してすぐだから、美しい。中は着物です。

花と千鳥格子

こんなかわいいドレスがウィンドウにかかっていたら、足を止めてしまいます。しかも、京都の近所で。錦市場に近いセレクトショップでした。

このところ、洋服は鳥居ユキ先生のしか買わないと決めてきたのですが、看過できなかった。モスキーノ風でもあるのに、2万円くらいなら、心動くじゃないですか。

唯一の難点は、XSだったこと。Sを探してもらえばよかったかも。ウェストが閉まり過ぎていて、時々苦しいです。

2016年10月 袷風の人形仕立てが便利

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まだまだ暑い10月初め。何を着たらいいのやら。この日も30度。
袷の10月に投入して、単衣がはばかれるお席に備え、1枚持っていると便利なのが、人形仕立て(胴抜き仕立て)。単衣なのに、袖口と八掛だけつけて袷に見せているのです。この貝紫の紬につけた八掛は3本の矢。
%e7%ac%b9%e5%b2%a1%e3%81%95%e3%82%933未生流家元・笹岡隆甫さんを囲む会にお招きを受け、抽象的な花の帯を選びました。着物は貝紫。紬でいいのか迷いはあるものの、暑いから、人形仕立てを選んだわけです。京都らしく、会場の皆さまは柔らかものの和服。紬の私は少し形見が狭かったのですが・・・。
同じ貝紫でも、本当は、秋山先生の小石丸に袖を通したかったのです。が、そちらは袷仕立てなので、あまりの暑さに断念。小石丸は糸が艶やかなので、全然印象が違ったはず。もしも間違って、着てしまったら、汗だくで、とんでもないことになっていましたね。なにせ30度ですから。襦袢だけでも絽にしたかった。
5日後、東京で開かれた新潮ドキュメント賞のパーティでも、同じ取り合わせで出席。