お待たせしました。最後の作業に忙殺されていますが、早くもネットでは予約受付が始まったようです。
新刊のタイトルは『スウィング・ジャパン:日系米軍兵ジミー・アラキと占領の記憶』。新潮社から7月18日発売、19日には店頭に並びます。
戦後占領期、日本のジャズメンから「神様」と呼ばれたジミー・アラキさんの評伝です。お楽しみに。
お待たせしました。最後の作業に忙殺されていますが、早くもネットでは予約受付が始まったようです。
新刊のタイトルは『スウィング・ジャパン:日系米軍兵ジミー・アラキと占領の記憶』。新潮社から7月18日発売、19日には店頭に並びます。
戦後占領期、日本のジャズメンから「神様」と呼ばれたジミー・アラキさんの評伝です。お楽しみに。
7月18日に出る新刊『スウィング・ジャパン』のプロフィール用の写真撮影。新潮社のカメラマンに撮ってもらいました。母の江戸小紋の絽に、誉田屋さんが老齢の帯職人に織らせた「雨あがり」を締めています。正面はアザミしか見えませんが、青空のような帯締めと帯揚げが効いています。編集者の好みで、本カバーの袖に使われるものは真顔ですが、笑顔分のデータを手に入れたら、ここにアップしますので、お楽しみに。
暑い国、寒い国、日本の季節とは真逆の状態にある国々を飛び回ることに慣れている私は、もう長らく洋服の衣替えをしていない。衣裳部屋には段違いで5本のポールをうち、どの季節にも対応できるよう洋服が下げられている。
しかし、着物となると、そうはいかない。和服には明確なルールがある。6月から着物は単衣、襦袢は絽と相場が決まっているのだ。もっとも、最近の異常気象では、私の場合、5月でも暑い日には着物を単衣にしたり、襦袢を絽にしたりするが、さすがに半襟を絽に替えるのは6月から、昔ながらの慣習に従うことにしている。
昨日の撮影では母の江戸小紋の絽に、「雨あがり」と題する掬い織の帯職人95歳ころの懇親の作を締めた。この後、観劇と祝宴と和服を着る機会が続く。風を通したりアイロンをかけたりと、晴れの日でもないのに、箪笥をひっくり返す一日となった。
原稿に縛られ、あまり活躍の場がなかった袷の着物たち、ありがとう。秋まで箪笥の中でお休みくださいね。
新刊カバー撮影の後、著者近影を新潮社のカメラマンの方に撮っていただきました。ずーっと下を向いて作業をしてきたのに、すぐに撮影って辛いものがありますね。
「あとがき」の内容からいっても、祖母か母のきものを着ようと考えた次第。データを取り寄せたら、カバーに使わない、笑顔の写真をアップしますね。
その後、扉に使う写真のキャプションなどを決め、編集者と乾杯(実は20日も軽い乾杯はあったのですが)。和服だったので、きれいな場所をリクエスト。新装オープンのパレスホテルのバーを選びました。編集者の望んだ喫煙席はテラスのみ。摩天楼の中のテラスは、NYのハドソンホテルを意識していると思いました。
私としては、昔のパレスのバーのほうが好き。肉厚のハムサンドが忘れられません。
20日の予定が21日にずれ込みましたが、ようやく脱稿。明日、著者写真を撮影します。
これまでの不義理の数々、どうぞお許しください。着物ブログも含め、徐々にアップしていきます。
来週の水曜日くらいまで待機しているようにとのこと。私からの直しは無理なのですが、先方からの突っ込みには答えられる態勢でいるように、とこのと。まだまだ気は抜けません。
新刊が出るのは7月18日。改めて告知します。
次回作、最後の追い込みで、ブログをアップできず、ごめんなさい。もう少しお待ちを!
宣伝会議から出版されている雑誌「人間会議」2012年夏号に『ワシントンハイツ』が取り上げられました。ぜひご高覧を!↓
http://www.sendenkaigi.com/books/back-number-kankyoningen/672
リーマンショックの直後にリサーチのため訪れたロックフェラー・アーカイブズで、初老の学芸員に私はこう問いかけた。「これから世界はどうなるの?」 彼の答は一言「POVERTY(貧困)」。.あれから3年半、世界は着々と貧困へと向っている。