2014年5月 法要の装い@御法川靖子さん三回忌

法要1 201405御法川靖子さん(みのもんた氏の奥さま)が旅立たれて、早いもので2年。一周忌には、花街のお姉さま方が和服でいらして、皆さん、とても素敵でした。みのさんは、ご夫妻で、祇園や赤坂や神楽坂の女将法要2 201405さんとも交流されたようですね。51枚の写真パネルが展示され、夫の名司会で進められる追悼の会からは、靖子さんの細やかな気遣いの痕跡と、夫婦の密度の濃い愛の日々が伝わってきます。
三回忌の今年は、私も背伸びしました。和服好きでいらした靖子さんに喜んでもらえるような気がして。
ホテルでの追悼の会に何を着るかは迷うもの。親戚でもないのに黒帯は重いので、淡いねずみ色に蓮文の名古屋帯を締めました。母の箪笥にあったのですが、合う帯締がなかったので、捜すのに苦労しました。バッグはアイボリーしか持ち合わせず、来年以降続く叔父、父、祖母の十三回忌までにグレーのバッグをみつけたいところ。

薬膳の会、「感じて漢字の世界」、トミー・バハマ・・・

薬膳の会201405今朝、一番驚いたニュースは、タイの戒厳令。時代錯誤とさえ思えてくるこの事態。いまさら軍のクーデータなのか。この国の歴史は、こればっかり。治安維持のためなら、いいけれど。

ニューオータニにて「薬膳の会」に出席。写真を撮り忘れ、思いだしたのが最後のお粥だけ。菊の花入り、超美味。

その後、TFMにて、アドバイザーを務める「感じて漢字の世界」の収録に立ち会う。

夜は銀座でワインを飲みながら打ち合わせ。その後、銀座のバーに連れて行かれたが、女性の私には面白くない。若いころはね、お姉さんに教わることもあって、面白かったけど。若い子ばっかりで、なんだかなあ。

途中、旧松坂屋の裏にトミー・バハマ東京店を発見。やっぱり日本では割高。でも、雰囲気はホノルルに近いものがある。バーもいい感じ。暑くなったら、また来よーっと。

 

2014年5月 鴨川をどりへ立涌のお召しで

鴨川をどり 歌舞練場前DSCN0760鴨川をどりDSCN0770五花街を比べてみようと、今度は鴨川をどりへ。ここは先斗町でも、三条大橋の近くです。
とても暑かったので、単衣のお召しです。赤黒の帯も含め、母のものと思われます。
チケットは飛び込みで2階席の2千円。お茶会に出る時間はありませんでしたし。
舞妓さん@鴨川をどり

ベテランが多いからでしょうか。舞台は安心して観ていられました。1階の客席には、京都にあふれる欧州からの観光客の姿が目立ちました。あとは日舞をなさっている風のお姉さま方。たまに、舞妓さんの姿もちらほら。
でも、劇場としては、宮川町より地味。売店もプログラムのみ。どこか旧東欧・ソ連の劇場を彷彿とさせます。

2014年5月 葵桂尽くし

御簾あおい今年の葵祭はあいにくの雨。御所と下鴨神社までは、時折のぱらつきだったものの、上賀茂神社では大降り。ただし、天皇の勅使が祭文を読み上げる「社頭の儀」の前にはピタっと止んだことに驚きました。そんなわけで、本殿祭では葵桂尽くしを披露できたものの、社頭の儀では、和装雨コートにビニールのポンチョという重武装となり、翌日に記録を撮りに出かけたのでした。勅使あおいIMG_0889
葵きもの
前半は報道席で撮影に奔走するため、 昨年の袋帯は止めて、葵桂文の名古屋帯を締めています。
葵 袖のみ

葵祭と呼ばれる理由

葵きもの勅使あおいIMG_0889葵 袖のみ葵 DSCN0778 御簾あおい葵祭のために昨年、誂えた葵文紗袷の着物に、今年は葵文の帯を締めました。あいにくの雨で和コートを纏い、ビニールのポンチョを被ったので、本殿祭のときくらいしか見せられなかったのが残念。そこで、翌日に上賀茂神社を訪れ、記録しました。雨天順延にしてくれたら、こんなにお天気だったのに。

 

人もみな かつらかざしてちはやぶる

神のみあれにあふひなりけり      ――紀貫之

本来は「賀茂祭」。「葵祭」と呼ばれる理由は、祭儀に関わる人々、社殿の御簾・牛車が二葉葵を挿し、飾るからなのです。昨年、御所の観覧席に集った人々はみな、葵文の和服姿でした。江戸時代、将軍家以外は禁じられた葵文。徳川家の家紋が三葉葵なのは、賀茂社とのご縁からです。

雨の葵祭@上賀茂神社2

斉王代IMG_0885勅使13時過ぎから降り続けた雨が突然、上がったのです。葵祭の本当の主役、天皇陛下の勅使が参進される段階で。これには驚きました。

まず、勅使が天皇陛下のご祭文を奏上。ご祭文とは、天皇陛下が国家繁栄・国民安泰を、賀茂の神に祈られるもの。宮司はそれを受け、ご幣物とともに本殿内陣に納めます。今度は勅使にご神意を伝えるため、宮司が祝詞を奏上。神のみしるしとして、勅旨に葵を授けるのです。

5月5日の競馬会でも、ずっと雨が降っていたのに、馬が走る段になって、雨が上がりました。これを神意という人もいます。

それにしても、今年の勅使は佇まいが美しい。歩くときだけでなく、腰掛けている姿も、背筋がぴっと伸びて、少し感動しました。宮内庁の方なのですが、所作がほかの方とは違いました。

この後、馬が走ります。

 

雨の葵祭@上賀茂神社

上賀茂神社では13時過ぎから本降り。おそらく路頭の儀(行列)は下鴨神社までで中止されるに違いないと思って待っていたのですが、なんと15時半過ぎに参進してきたのです。おそらく14時半にあちらを発つときには、降っていなかったのでしょう。加茂街道を北上する間に雨に降られ、皆さんびしょ濡れでした。

斎王代の腰輿(およよ)は、一の鳥居で降りるもの。お天気なら、そこからは斎王代は童女に裾を持たせて、歩いて参進するのです。そこが絵になって、人々の目を楽しませるのですが、今年は雨だったので、写真のように車輪の力を借りずに運んでいます。かなり重かったに違いありません。

 

雨の葵祭@下鴨神社

斉王代IMG_0842斉王代DSCN0083ご一行は下鴨神社に到着。途中で雨がばらつきましたが、それでも、斎王代が歩ける程度でした。一の鳥居の着いてからは、童女に裾をもたせて参進するのです。

葵祭は日本最古のお祭り。嵯峨天皇は最愛の皇女・有智子内親王を賀茂の社に奉仕させました。それ以来、内親王を斎王とした葵祭りは国を挙げてのお祭りとなったのです。

斎王代と「代」がつくのは、現在は内親王ではないから。戦後、京都で代々続く由緒ある家のお嬢さんが選ばれるようになりました。纏っているのはもちろん、十二単。垂髪に飾り金具は、金枝と銀の梅花で飾られた心葉をたてたもの。左右に垂らしているのは、白い組紐を蜷結びにした日蔭の糸。

左の写真、斎王代の腰輿(およよ)を抱えているようで、実は車輪がついているので、それほど難儀ではありません。しかし、上賀茂に着いてからは・・・。

この後、勅使が主役の「社頭の儀」が行われましたが、私は途中までで、上賀茂神社に向かいました。

 

雨の葵祭 御所を出発

牛車IMG_0750天候によっては雨天順延とされる葵祭。前日には、きっと順延に違いないと思い、15日には社頭の儀を観て、翌日に路頭の儀(行列)を観るつもりでした。朝6時に決定するのですが、まさかの決行に、びっくり。

左の写真は牛車が御所を出たところ。藤の花が飾られた牛車は、京都御所にのみ存在します。東京の皇居にはありません。水牛の曳き綱を持つ牛童がかわいらしい。ぎぎ・・・。玉砂利に軋む車の音が、なんともいいのです。

今年も招待席のチケットを頂き、向かって左の席。正直なところ、昨年の右の席のほうが写真のアングルとしては都合が良かったのですが、途中で雨が降り出し、あわてて和装雨ゴートとビニールのポンチョを纏った私でした。