雨の日に下駄を履くと疲れてしまうのです。だから、私は専ら草履カバーを用います。荷物になっても、これを鞄にいれておけば、大丈夫。ヒールがあるので、よほどの土砂降りでなければ守れます。ほら、有ると無いとでは、こんなに違いますよ。足袋カバーもあったほうがいいけれど。
ところで、この草履はぜん屋さんで買ったムガです。履いてしまえば、鼻緒以外、白のエナメルが際立つばかり。ムガの帯と合わせてみたいと思いつつ、それはこの夏の課題です。
2012年 五月雨傘
脱稿しました
20日の予定が21日にずれ込みましたが、ようやく脱稿。明日、著者写真を撮影します。
これまでの不義理の数々、どうぞお許しください。着物ブログも含め、徐々にアップしていきます。
来週の水曜日くらいまで待機しているようにとのこと。私からの直しは無理なのですが、先方からの突っ込みには答えられる態勢でいるように、とこのと。まだまだ気は抜けません。
新刊が出るのは7月18日。改めて告知します。
もう少しお待ちを
次回作、最後の追い込みで、ブログをアップできず、ごめんなさい。もう少しお待ちを!
『ワシントンハイツ』@「人間会議」
宣伝会議から出版されている雑誌「人間会議」2012年夏号に『ワシントンハイツ』が取り上げられました。ぜひご高覧を!↓
http://www.sendenkaigi.com/books/back-number-kankyoningen/672
世界は貧困へと向っている
リーマンショックの直後にリサーチのため訪れたロックフェラー・アーカイブズで、初老の学芸員に私はこう問いかけた。「これから世界はどうなるの?」 彼の答は一言「POVERTY(貧困)」。.あれから3年半、世界は着々と貧困へと向っている。
そういえば
エリザベス女王の即位60年。いよいよ国を挙げてのお祝いが始まるらしい。
そういえば、リビアのカダフィが追い詰められて、こう叫んだのを思い出す。「自分の政権40年が長いと言うが、だったら、イギリスのエリザベス女王はどうなる?」
生活保護は現物支給で
医療費免除の生活保護被支給者が、自由診療で歯の治療を受けるのだと聞いたことがある。こういう患者の情報は役所に申告するよう医療機関を促すべきだ。
私自身、日本の生活保護制度を見ながら、何度も考えたことがある。若いうちに使うだけ使って、一文なしになるほうが、老後はよっぽど楽なのではないか、と。家賃もかからず現金をもらえるのなら、他人には生活保護だと人に悟られることもなく、優雅に暮らせるだろう、と。
生活保護が必要な人はいる。しかし、一律に多額の現金を支給するのは筋が通らない。病気がちの高齢者とか、子どもをたくさん抱えている母や父こそ救われるべきなのである。
受給者と決まれば、住居費、交通費、医療費は無料だから、健康な成人へに対しては、現物支給が望ましい。米国のフードスタンプ制度にならい、食費などは配給券で支給。洋服や雑貨は領収書を行政に提出して、その分を現金で受け取るようにする。配給券で手に入れるのは恥ずかしいし、申告は煩雑で面倒だ。だからこそ、楽して生活保護を受けようとする人を減らせるのではないか。棚ぼた式に現金を手に入れるの慣れることで、次第に人々は働く意欲さえなくなるものだ。もちろん、健康でない人は、これにあたらない。特別枠を設けるべきだ。
子どもについても、給食費、制服や体操服、靴、文房具、それに遠足費などは配給券にすべきだと思う。そうすれば、親が現金を使い込むこともない。
本来、どんな家庭に生まれても、日本国民たるもの、公教育は無料で受けられるようにすることこそが、子ども手当てであると私は考える。勝手に私立に通わせる財力のある家庭にまで、現金を配る必要は全くない。他方、働くママのためには、各駅に保育所を設けるなど、税金はそちらに投じられるべきなのである。
税金はまじめなに頑張っている人を応援するために使われるようにする。それを確約すれば、増税も受け入れられるはずだ。野田先生、ツボはそこなんですけど。
パフスリーブ3
みのもんたさん、鎌倉山から妻を送る
泊まり込んでいた「新潮社クラブ」を出て、喪服に着替え鎌倉へ。自分が両親を送り出して以来、お別れの儀式にはできるだけ参列することに決めている。
向った先は、みのもんたさんのご自宅。いくら豪邸でも数百人の弔問客が入るものだろうか、などとは杞憂にすぎず、御法川邸の延長でもある公園のような敷地は、十分すぎるほど広かった。靖子さんが大好きだったそこからの風景から送り出したい、とはお嬢さんからの提案だったというが、江ノ島を望み、光る風を受け、鶯のさえずりを聴きながら、マイク越しに曹洞宗の読経と弔辞を拝聴するなどとは、弔問客の立場でもそう経験できることではない。
気丈に振舞う、みのさんが痛々しくもあり、しかし、喪主の挨拶はすばらしかった。故人を存じ上げている私は、涙が止まらなかった。靖子さんは気配りの人。ご自分の最期を覚悟して、家族に残されたことの数々は、どれも心を打つものばかり。来週後半に、ブログにしたためるつもりだ。靖子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

