ちょっと一息、紅椿

引きこもり執筆はまだまだ続くが、今朝締め切りの分を送ったので、ここで一息。着物の袖に手を通した。

近所の立寒椿のつぼみが、そろそろ開きそうな気配。二月堂のお水取りには少し早いが、紅椿の帯を締めたくなった。

そう。この帯を見た途端、頭に浮かんだのは、東大寺修二会の紅椿。一目ぼれだった。

椿文は刺繍帯はめずらしくない。これは、萌黄色の地に真紅の椿が魅力。でも、紅が強す地が淡朽葉色の紬にと思ったら、紅ばかりが際立って困った。そこで、濃藍色の母の結城にあわせてみた。

修二会の椿は、紅花で染めた和紙でつくられる。

レッグウォーマー

冬の旅支度に是非もののレッグウォーマー。ワシントンDCのベツィ・ジョンソンで買いました。

新幹線も含め、機内で足元を温めるのに有効です。それに、現地で急に天候が変わって寒くなったらブーツの代わりにもなる。大きなバッグに持ち歩けばいいのです。

アメリカでは飛行機に乗るとき荷物チェックの際に靴を脱がされるので、ブーツは履きません。後ろで待っている人に迷惑がかかるからです。機内では確実にむくむので、タイトな靴も選びません。脱ぎ履きが簡単なミュールを履き、機内ではレッグウォーマーを履く。足元が暖まるので、よく眠れます。

実はハートのボタンであるところが可愛いでしょ。糸がショッキングピンクであるところがミソ。

2012年2月 そろそろ紅椿を

椿 みどり
近所の立寒椿のつぼみが、そろそろ開きそうな気配です。二月堂のお水取りには少し早いですが、紅椿の帯を締めたくなりました。
そうなんです。この帯を見た途端、頭に浮かんだのは、東大寺修二会の紅椿。一目ぼれです(@乙女屋さん)。
椿文は刺繍帯ではめずらしくありません。以前に手に入れたものは、ざくろ文とのリバーシブルでした(2006年4月を参照)。これは、萌黄色の地に真紅の椿が魅力。でも、紅が強すぎて、あわせる着物が難しい。椿 みどり お太鼓地が淡朽葉色の紬にと思ったら、紅ばかりが際立って困りました。そこで、濃藍色の母の結城にあわせてみました。帯締めは他の色がよいかもしれません。
光沢のある素材はすべるので、紬がよろしいようです。少なくとも自分では締めやすい。句会のときに、どちらも光沢があってすべり、途中で緩んできました。

人間が試される時代

豪雪がゆえに、北陸取材をのばした。(注:変換できない漢字が多いので、ひらがな表記でごめんなさい)

欧州でもドナウ川やベネチアの運河が凍結している。路上生活者などの志望者200人以上(180人とか250人とかメディアによって数字はまちまち)。そうかと思えば、ワシントンDCでは温かくて、一部桜が咲いたほどだ。

先日のNY&DC取材には、足元まで覆うダウンコートを着てでかけ、超ライトなダウンをスーツケースに詰め込んで、現地で着分けていた。こう温度差が激しくては、荷物が増えるばかりだ。身軽に渡航するのはむずかしい。

人間が試されている気がする。

アメリカより帰国

昨日、成田に着いたときには12ど度度だったのに、今日の寒さにはびっくり。アメリカでの日々はこれ以前の日付に徐々にアップしていきます。

FDR図書館

夜更かしがたたって、スタートが遅れた。早朝に列車に乗るつもりが、大幅な遅刻である。ルーズベルト図書館まで、グランドセントラル駅から北上すること2時間弱。新幹線なら東京から名古屋までより長い時間を要するのである。

ルーズベルトは真珠湾攻撃のときの大統領であり、西海岸の日系人を根こそぎ収容所に入れたときの大統領である。セオドア・ルーズベルトと区別する意味でも、このフランクリンルーズベルトはFDRと表されることが多い。

アメリカでは、大統領ごとに図書館が存在する。FDRの場合は、ルーズベルトの自宅を博物館にし、その中に図書館が設けられているのだ。

果てしない乗車の末に着いた駅では、タクシーに悩まされた。シーズンオフでなければ、駅とルーズベルト博物館の間をシャトルバスが走っているらしい。春も秋もいかにも景色が良さそうで、観光客がFDRの館を観に行きたがるのも頷ける。

こんな冬枯れた季節に列車で訪れるのは、図書館でリサーチする外国人くらい。駅員にタクシーを呼んでもらったが、30分以上やってこない上、すでにほかの客が乗っている始末。この相乗り式はかつてのワシントンDCでもよくあったが、日本人にはなじまない。遠回りしておいて、それぞれからお金を取る。ようわからん。

季節外れの博物館はカフェも閉まっている。食事は駅のスタバで済ませたので、黙々と資料に目を通すうち、あっという間に17時となった。

来るときにお願いしたタクシーが案の定、姿を現さず、職員に電話で呼んでもらう。列車に乗りそびれたら、1時間も駅で費やさなければならない。事情を知ったドライバーと子連れの母親が、私を先に駅に送り届けることを決めてくれた。それでも、ギリギリ駆け込む形で列車に飛び乗る。帰りはまた、獏睡モードである。

友、遠方より押しかける

ご主人が海外出張というので、今回はNYの友人の家に泊めてもらう。ドアマンから鍵を受け取り、彼女の帰りを待った。仕事の後、チェロのレッスンで21時ころに戻るという。それまでに携帯を手に入れなければならない。以前持っていた携帯はさすがに期限切れなのだ。それからネットにつなぐためにスタバに入る。日本と違って、アメリカは誰でもワイヤレスにつなげる。この違いは大きい。

さらにはデパートのMACYSでミュールを探したが、セールで荒らされた後には、私のサイズは残っていなかった。英国製のBORNシューズはクッションが効いていて足がとても楽なのだ。数年前にMACYSで薦められ、米国に来た折には必ず売り場を覗くことにしている。

それにしても、友人はなんて整然と暮らしているのだろう。ホテル並のきれいさである。しかも、調度品の趣味がいい。アジアに赴任している間に買った家具がまた、いい感じなのである。

帰国したら、自分の家も片付けよう。と思ったら友人が帰宅し、久しぶりの会話に、夜中まで盛り上がった。

アメリカへ

まことに恥ずかしながら、日本を発つときはいつもドタバタである。特に午前便なら、完全徹夜するしかない。途中で朦朧とする時間帯もあるのだが、寝過ごすのが怖いから、そういう選択になる。

先延ばしは許されない。不在中の締め切りごとを前倒しでこなし、渡航先で起こりうることを想定しての準備。前日までに出しそびれた宅急便は、ホテルまで持ち込んで、リムジンに乗る前にベルボーイに託す。これも、よくあるパタンだ。

最近はどこの国でも気温差が激しく、厳寒対策も必要だ。イヤーマッフルとスキー用のネックウォーマーを詰め、13年前に買ったイッセイミヤケのロングダウンを久々に着ることにした。機内では布団なみの威力を発揮する。念のため暖かい日対策として、通販で購入した膝下丈のウルトラライトダウンをスーツケースに入れた。小さくまとまるので、ありがたい。

そしてこの季節、なにより力を発揮するのはレッグウォーマーである(写真、ボタンはハート型)。新幹線も含め、機内で足元を温めるのに有効なのだ。それに、寒かったときにはブーツの代わりにもなる。アメリカでは荷物チェックの際に靴を脱がされるので、ブーツは履かない。後ろで待っている人に迷惑がかかるからだ。機内では確実にむくむので、タイトな靴も履かない。脱ぎ履きが簡単なミュールを履き、レッグウォーマーを持ち歩くことで、ブーツと同じ暖がとれるというわけだ。 

そんな調子だからリムジンの中では、もちろん爆睡だ。気づいたら、パスポートチェックのアナウンス。もう空港はそこに見えている。

今回はANAでNYに飛び、アムトラックでワシントンDCに移動。帰りはダレス空港からという段取りである。本来は正月早々、優雅に飛びたつつもりだったのに、尾てい骨を打ったために、下旬になってしまった。

特筆すべきはスターアライアンス・ゴールドの資格もこの旅で失うということだ。地球の怒りを感じた私は、東日本大震災を機に、以前ほど縦横無尽に飛び回ることがなくなっていた。結果、マイレージが5万マイルに達せず、1月末をもって、ゴールドステイタスでなくなるのだ。エコノミーの分際でビジネスラウンジにて過ごす特権も、荷物の優先権も失う。貧富の差が露骨なフライト社会で、貧民にカテゴライズされるのである。

書初め

今日は書初め。昨夜は京都に一泊して今朝人似会い、東京に着いた。

報道の印象では昨日雪が降ったのだとみえたのだが、実際は氷雨だったらしい。相変わらずの雨。荷物を持っての移動は大変。

2012年1月 初釜式


昨年は熱が出て断念した裏千家の初釜式。今年は20代のころ母が作っておいてくれた訪問着に、母の色留用の帯を締めていきました。実はこれ、ノーブレスで大宗匠にインタビューしたときと同じなんです。今回の伊達襟は紫ではなく、臙脂にしました。若作りと言われずに着られるのも、あと何年か・・・。
写真は帰りに寄った青山フィアットカフェにて撮影。携帯で撮ったので、色が少し青みがかっていますが、テーブルの花と妙に合いますよね。
奥のソファにあるのがバッグ。タイのジム・トンプソン製。クロークで預けてしまうので、もろもろ入る大きいものであることが大切なので。