耳のしびれ経過報告、なぜかコレステロール

金曜日の夕方、耳のむわっとした感じがひどくなったので、夜まで開いている耳鼻科にかけこんで診てもらう。聴力には異常がなく、外耳道の軽い炎症が原因かもいしれないと、抗生剤の点耳薬を処方してもらって帰る。指摘された患部と、しびれを感じる箇所が違いすぎて、耳の感覚は不思議だ。外耳道に意識を持っていけば、なるほど、そのあたりが痛くてジンジンしていたのだと思えてきた。

それよりショックだったのは、午後に聞かされた健診結果のほうである。コレステロール値が高いのだという。昨年までパーフェクトだったのに、なんでやねん。

説明をしてくれた先生がきく。バターは? お肉は? たまごの黄身は?・

バターは直接口にせず、お肉は鶏が中心で、牛を食べることは少ない私。なにより、大震災以降、放射能への警戒から、昆布と納豆を中心の食生活。外食のときのみ、肉類たまご類を頂いているのに。

では、運動はどうですか?

そういえば、今年は昨年ほどには歩いていない。駅からも図書館からも30分歩くのが当たり前だったのに、こちらも放射能と炎暑を避けて、外を歩くことがほとんどなかった。うーん、放射能とコレステロールのどっちが怖いか。まだ寒くないうちは、意図して歩こう。

と思っていたら、広島県北部で震度5の地震。昨日の茨城での震度5を思うと、やっぱり歩くのに臆病になりそうな私である。

ブータン国王夫妻の品格

皆が騒ぐことにはつい冷めてしまう天邪鬼の私だが、ブータン国王ご夫妻だけは別。お二人のお姿に、久々心洗われた。

福島を訪れた国王の、子どもたちへのメッセージも興味深い。

【龍は一人一人の心の中にいる。その人の「経験」を食べて成長する。だから、私たちは龍を大きく強くするよう自分でコントロールして生きなければいけない】。

子どもたちが311以降受けた言葉の中で、最も格調高かったのではないか。意味がわからずとも、お二人の品格ある立ち居振る舞いに何かを感じとったはず。

そういえば、ブータンの国旗の真ん中には「龍」がいる。来年は壬辰歳。龍の国の国王が日本を選んでくれたのも運命かもしれない。感謝感謝である。

元旦に我が家に届く年賀状に、ブータンの国旗を印刷した葉書きが一枚くらいありそうな予感・・・。

耳のその後

歯科医に電話で尋ねたら、額関節症の可能性は少ないという。昨日、以前より予約が入れてあった整体院に行ってみたが、特に異常はない。やはり耳鼻科に行くしかない。明日は区の健診の結果が出るので、あわせて耳鼻科を覗いてみるしかないか。

原稿を書きたいので、病院で待つ時間がもったいないのだが。

薬膳と高麗人参ジュース

鼻がおかしいのでアロマオイルを吸うようにしていた。続いて気管支がくすぐったくなり、咳が出始めた。いよいよ私の体内にウィルスが上陸か。負けてなるものか。

折りしも昨日は薬膳ランチ。高麗人参ジュースで元気になれるかもしれない。結果、今日は咳が止まっている。精神的に暗示にかかっただけかもしれないが、高麗人参ジュースを飲むと、手足が暖かくなることは確かである。

耳がしびれる

左の耳がしびれること3週間。耳の奥ではない。入り口の耳の表面のあたり。くすぐったいやら、じわっとするやら。最初は髪の毛先があたっているのかとおもったが、正座をして足がしびれたときに似ている。ずっとではないが、1日に数回、手の親指がしびれたときは頚椎が原因だった。
原稿がうまく書けないとつい、かみ締める癖がある。『ワシントンハイツ』を書いていたときも、額関節症になって大変だった。次回作を執筆中の今回もすでに、その兆候は出ている。それも影響しているのかもしれない。
週明けから、歯科、耳鼻科、整体院をさぐってみなければ。でも、今日の山梨での講演の間はおさまってくれていて、ほっとした。

11月9日にアメリカで起こること

来る11月9日に、アメリカで国家緊急警報システム(EAS)の初の全国テストが行​​われるという。テレビやラジオなどすべての通信が3分間停止。シャットダウンとなるらしい。

さすがシミュレーションの国、などと単純に感心してもいいものか。予行練習には意味があるはずだ。たとえば、NYのオキュパイ・デモが全米に広がり、暴動鎮圧のために非常事態宣言。「セキュリティビジネス」の時代へとつながるのかもしれない。

現在、日系アメリカ人が強制収容所に送り込まれるところを執筆している私としては、どうしてもこれが他人事には思えないのである。

しかも、この日は宇宙の動きからNASAが何やら警告している日でもあり、22年前の1989年11月9日は、ベルリンの壁が崩壊した日。この日付が偶然であることを祈るばかり。

高野山のダライラマ師、そして正倉院展の蘭奢侍

インタビュー取材で高野山に行っていた。折りしもダライラマ師が来日して高野山大学の連日講演会を開いていた。インタビューの翌日、拝聴させてもらった。第一部は「仏教と科学」という切り口で茂木健一郎さんが科学者二人とダライラマ師の間を仕切っていた。第二部は仏教について、きわめて専門的な話で、しかし、興味深かった。

この手のシンポジウムは通訳を介すので時間のロスが生じ、後に出版されたものをじっくり読むのが賢明である。だが、ダライラマ師のご尊顔を直接拝したのは初めてで、生の声を拝聴する、その経験こそに意味があった。

インタビューの終わりに、今年の正倉院展では蘭奢侍(らんじゃたい)が観られると聞いた私は、奈良まで足を伸ばして実物をしかと見届けてきた。

お香に興味のある人なら一度は見たい「蘭奢侍」。もちろん聞香できれば望ましいのだが、国宝とあっては、それもかなわない。なにせ天下統一の銘香”と謳われたこの香木を、過去に足利義政・織田信長・明治天皇が切り取っている。展示では誰がどの部分を切り取ったかも、示されていた。「蘭奢侍」の文字の中に、「東大寺」の3文字が隠されているのも興味深い。

今回の展示、本当の目玉は金銀鈿荘唐大刀のようである。手で握る部分は木製で鮫の皮を巻き、鞘も木製で動物の薄い皮を張り、漆を塗って動物や草花を金の蒔絵で描いて射る。部分的に銀製鍍金(ときん)の透かし彫り金具をかぶせて、水晶や色ガラスの玉をはめ込んでいる。これまた美しいのである。

正倉院展のためだけに奈良に出向くのは難しい。こういうとき、関西在住の人がうらやましいと思う。

2011年 YUKI TORII 東京コレクション

鳥居ユキ先生の東京コレクション&デザイナー50周年は、東京ドームホテルで開かれました。数年前のショーでモデルが着ていた1点もののドレスを手に入れていたので、それを着用。写真を撮り忘れたので、2010年のオペラのときの写真をアップ。ただし、今回は左手のブレスにグリーンのアベンチュリンを加えて。ほかの2色はロードクロサイトとピンクトルマリン(一部ウォーターメロン)です。 これでようやくドレスの色を網羅でき、満足です。ルチルのネックレスも、右手のコサージュも(胸の谷間隠しもお揃い)、コーチのミンクのバッグも、この写真のままです。

副島種臣「不動明王」

落ちこぼれ書塾生でも、稽古の前日と書展の前には筆を持つもの。で、昨日から和紙の前で奮闘中。今日が稽古。明日が提出する作品を先生が選ばれる日。

今年の書展のテーマは「近代書史」。よって、これまでのように、空海の風信書、道元の普勧座禅儀、蓮如(親鸞の歎異抄がないため)の歎異抄の臨書というわけにはいかない。「近代」で唯一好きな副島種臣に挑む私だが、よせばいいのに、「不動明王」を選んでしまった。もっと書きやすいのがほかにあったのに、「お護りになるしなあ」と石川九楊先生に言われて、つい決めてしまった。

隷書的要素ももった不思議な文字だ。しかも、滲みまで再現せねばならない。紙によって、かくも滲み具合が違うとは! ここ数年、(軸にして家に掛けるため)小筆で乗り切ってきた私は、墨の分量も計算できない。しかも今日は雨で湿度が思い切り高い。紙の湿気が半端でないから、ますますだ。なんでここまで滲むのかな。

やっぱり高野山で一人合宿をすればよかった。6月に伺ったとき、「不動明王」と書かれた半切が何枚もお部屋にあったのを思い出す。無量光院の土生川先生がお書きになったのだと後で聞いた。かくなる上は、青山墓地の副島種臣のお墓に手を合わせ、お力添えを頂こうか。

なんて他力に頼るなぞ、いかんいかん。うーん、せめて今月に入ってから毎日書けばよかったのにね。でも、ずっと次回作の原稿で引篭もり状態。今月中に第一稿を仕上げねばならぬ身。両立しないんだなあ、これが。俳句だとお風呂の中でも浮かぶけど、書も原稿も紙(あるいはPC)の前に拘束される点では縛られ具合も苦しさも似ている。あーあ。

愚痴につきあってくれてありがとう。また墨をすります。

2011年10月 龍村・円紋白虎錦@雑誌「プレシャス」


雑誌「プレシャス」11月号の着物特集の撮影風景です。8月中旬の暑いさかりにホテルニューオータニにて。
誌面では帯がよくわからないと思うので、スタッフの方にアイフォンで撮っていただきました。
もっと色々な着物で登場すればいいのに、数多ある着物の中から、つい選んでしまうのが、この母ゆずりの訪問着。黒の種類が違うのでしょうか。顔映りがいいのです。この絞りの赤も私に合うのかもしれません。
帯は龍村の円紋白虎錦の袋帯。20代で結婚したときに母が誂えてくれたもの。
本誌では正面から撮影されています。ぜひご高覧を!