サトラギ日記に登場する迷彩パンツ(詳細はブログをクリック!)。素材がレーヨンでやわらかく、足首が絞れるだけ上、透明のスパンコールがついているところが、女らしい。
トップのTシャツは袖が花びらのようになっていて二の腕の太いのをカバーしてくれます。
このグッチのバッグは12年前に流行ったもの。ジャカルタで買いました。ルピア下落のおかげで2万円くらい。しばらく眠らせていましたが、久しぶりに引っ張りだして背負っています。エナメルだともたないのに、ヌバックだと10年経っても問題なし。
数年前、ガーリーな迷彩風のワンピースが鳥居ユキさんのデザインで売り出された。デニム風コットン素材なので丈夫で楽。飛行機移動の折に重宝してきた。今年の春夏にまた迷彩プリントが入っていたので、今度はパンツを購入してしまった。これが楽で止められない。デザインのなせる業だ。
インドネシアで国軍の暴力を見てきた私は、迷彩を着るだけでそれを容認しているようで実は抵抗がある。だが、楽なのでつい迷彩パンツをはいて、土曜日、都心のバスに乗ってしまったところ・・・
次から次へと迷彩パンツのお兄さんが乗ってくる。最初は背が高く、ストリート系のイケメン。若くはないがファッショナブルである。六本木のバス停で待っていると、向こうから歩いてきた。一瞬、仲間かな、という親しみ光線を発しつつ、近くで見て違う人種と納得していた。もう一人は、途中で乗り込んできた中年のお兄さんで、いつもの綿パンに迷彩がプリントされているというだけの着こなし。オシャレ感はゼロだった。でも、流行っているから履いちゃったのだろう。その彼も、私を一瞥して、仲間になりたそうな空気を発信していた。
どっちのお兄さんも、私にとってはどうでもいいのだが、迷彩パンツを履いただけで、カテゴライズをされてしまう不思議な経験だった。
元来、私は流行ものが嫌いである。できるだけ人と違うものを選んで着る。数年前に手を染めたのも、ガーリーなワンピというめずらしさが手伝ったからである。その私の目が慣れて抵抗が薄まったのだから、流行とは恐ろしいものである。そういえば、10年ほど前、モスキーノが秋冬でミリタリーだったことがあった。大好きなモスキーノなのに、欧州にいたから安かったのに、ミリタリーというだけで買わなかったのを思い出す。
日常着にするうち、軍隊の存在には抵抗がなくなっていくのだろうか。毎年、色もデザインも、ある程度の方針がフランスから与えられると聞いたことがある。だから世界で流行が生まれるのだが、この傾向が続くことで戦争を容認することのないよう、気を引き締めないといけない。3人とも、この格好で沖縄の集会に行けば、ぼこぼこにされるに違いないのだから。
そういえば、迷彩は英語でカモフラージュだ。
山の手空襲から65年。六本木も表参道も被災したことを忘れてはいけない。火曜日には慰霊祭が開かれる。
注)迷彩パンツについては、COLLECTIONに写真を掲載予定。

秋尾 沙戸子著
2009年新潮社刊/定価1900円/ハードカバー/384頁
ISBN978-4-10-437002-3
第58回日本エッセイスト・クラブ賞
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銀座と並んで欧米のブランド店が軒を連ねる東京の表参道。明治神宮の参 道であるあの通りに西欧のブティックがひしめいているのはなぜだろう。それは、神宮の第一鳥居のその先、現在のNHK、オリンピック競技場、それに代々木 公園のあるところに、「ワシントンハイツ」という米軍住宅があったことに端を発する。
空襲で家を失い、日本人が食べ物に飢えていた時代、フェンスの中にはぴかぴかの「リトルアメリ カ」があった。800世帯もの青い芝生と白い家々、劇場や教会や学校やグラウンドの存在は、そこに出入りするアメリカ車とあわさって、「豊かさとは何か」 を日本庶民に見せつけ、「アメリカ好き」にするように意図されていた――。
本書は「ワシントンハイツ」が造られた経緯・過程に始まり、東京オリンピックでその姿を消して いくまでの街の歴史を描きながら、アメリカの「日本占領」を日米双方の証言と文献から描いている。皇居前の第一生命ビルのGHQが日本の政治改革の拠点な ら、明治神宮の隣に存在した「ワシントンハイツ」は約20年、日本人のライフスタイルをアメリカ化する拠点として、強烈な磁力を放っていた。GHQは焦土 と化した日本をどうデザインし、我々の生活に何を埋め込んでいったのか。憲法に女性の権利が盛り込まれた経緯や日本のキリスト教化計画など、戦後世代の知 らない逸話を通して、現在の日本が見えてくる一冊。
昨日は石川九楊先生の講演会。運営は塾生なので、私は進行役を勤めた。
冒頭で宮沢賢治の詩の朗読が入るのだが、本番直前に生づけにとのお達し。先生に言われては抵抗できず、暗転の中、舞台の袖の照明さんの灯りを頼りに朗読することに・・・。
90分の講演を2回。先生は乗りに乗っていて、近代書史・現代書史が本当に早わかりだった。次は6月に京都で。こちらは、中国書史・日本書史についても話される予定。
子どもに硬筆の字を教える前に、毛筆の手習いがどれほど大切か。また教育プログラムに新たな課題をみつけてしまった。
今日の石川九楊先生の講演会冒頭で流す宮沢賢治の詩の朗読を録音しようと前の晩からタイミングをはかっているが、都会の音のうるさいこと。窓を閉め切っても、音は外から聞こえてくる。深夜でも、街の雑音から逃れらない。人の声、車の走る音、急ブレーキをかける音、などなど。バスルームでは反響してしまうし、時計の音は気になるし。
結局、本当の静けさは早朝しかなかった。窓からもっとも遠い部屋にこもって、録音を終了。もっとも、朝は朝で、烏の鳴き声がうるさいのだが。
それでも、生にしろと先生に言われるような予感はするのだが、最悪、これがあれば、どうにか乗り切れるであろう。
これがかの有名なジャコウネコのコーヒー「コピ・ルワッ(ク)」です。パンフでは「世界でもっとも高いコーヒー」とうたわれていますが、ジャコウネコが食べて腸内発酵させて排泄したときに出た豆で、滅多に手に入らないとされています。
私も昨年ジャカルタでインドネシアの友人に勧められ、ショッピングモールの専門店で試してみました。1杯8ドルか10ドル。ジャカルタでは破格です。最初の能書きで「フォックスのプー」だと言われたら、美味とは思えないのですが、これが香りが良いので、びっくりです(ルワックというインドネシア語が理解できないと言ったら、フォックスだと説明されました)。
実はこれ、映画「ザ・バケット・リスト(最高の人生の見つけ方)」(ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの棺おけリスト)のおかげで、ちまたではすでに有名らしい。
写真はおみやげパッケージ。これで50ドル前後(2010年には値が上がり、70ドル弱)。