戸塚駅にトツカーナ

昨日はエンジン01総会の後、エンジン塾、そして二次会へと流れ、今日は二日酔いだ。それでも、再発した顎関節症のために、戸塚の日立病院まで出向く。 戸塚駅には駅ビルトツカーナが完成していた。なんだかとってつけたようで、町の印象と乖離して違和感がいっぱい。おかげでタクシー乗り場が遠くなり、なんとも不便なことである。
なぜ、こんな地方都市ならどこにでもあるようなビルを建ててしまったのだろうか。もう少し、個性的な建物にすれば、話題にもなったのだろうに。街の人からも現段階では不評のようである。

天変地異と食糧危機

昼間、美容院に行き、仲御徒町の「多慶屋」でコーヒー豆を調達し、帰宅。土曜日に贅沢をしたのだから、日曜日は冷凍庫の中を整理しながら、アリモノの食材で間に合わす。人生、のメリハリ大切。
明日はエンジン01の総会なので外に出るが、当面は外食は控え、図書館通いの日々を送ろうと思う。
それにしても、このところの天変地異。思いもよらないアイスランドの火山爆発には、世界中が驚いたのではないだろうか。リーマンショックの折の金融危機同様、欧州全体がその被害にあっている。物流が障害となることで、近々、その被害は世界全体に広がるだろう。グローバリゼーションへの警告のようにもとれるのだが。
この2年ほど、ある友人は過剰に食物汚染に敏感になり、家でパンを焼いたり、ワインを造ったりと有機に敏感になっていたのだが、日本に十分な食糧が回ってこなければ、体に悪影響があるかどうかなどと、こだわる余裕もなくなる。口にするものが無農薬だの、いい油だの、言ってられなくなるのではないだろうか。
以前からあちこちで触れ回っていたことだが、やはり家庭菜園に限る。私もそろそろ、ベランダ菜園の体制を整えなければと真剣に考えはじめている。

「すきやばし次郎」で感動する

久しぶりに「すきやばし次郎」でお昼を頂いた。最近はNHKで取り上げられることが多く、ますます予約が難しくなっているらしい。
12人でカウンターを独占し、お任せで1時間。何もかもが、そのタイミングに一番美味しく出てくるように早朝から下ごしらえされている。最高の贅沢。 このくらいの年齢になると、食べることで感動することは、そうはないと考えていた。その思い込みを見事に覆したのが、小野次郎さんだ。364日粗食に耐えてでも、健康な限り、年に1度は、ここに来て、日本人に生まれた幸せをかみ締めたい。
口に入れた途端、魚の風味が口の中で広がる。下ごしらえに十分な手間隙がかけられているのと、少しきついくらいの酢飯が、それを可能にしているのだ。今月は貝類が充実していた。特に「とりがい」に驚いた。実は私は貝を美味しいと思ったことがない。だから、普段はカウンターにすわると、ほかのネタばかりを注文する。そんな私が「とりがい」に感動するのから、いかばかりかご想像いただきたい。
鮑には未だ早かったのが残念だったが、これがまた、最高なのだ。それまで口にしたものは何だったかと、昨年頂いた折には、ただ唸るばかりだった。こはだも、あじも。ああ、舌鼓どころではない。おおとろも、あなごも、うにも舌の上でとろけるようだ。なんという幸せ・・・。舌鼓どころではない。
今回の内容は、益弘さんの解説とともに、『美味サライ』に掲載されるらしいので、ぜひご高覧を。 私の隣に座っていた関係者によれば、同じ号の取材でロブションにインタビューしたところ、ひたすら次郎さんを絶賛していたという。あのロブションでさえ次郎さんの腕に唸ったのだから、私はただただうーんうーん、の連続である。
息子さんいわく「今回は津波の影響で大変でした」
そうなのだ。この地球変動の折、魚がコンスタントに入ってくるとは限らない。私も元気、地球も元気なうちに味わっておかないと。
またまた、日本人に生まれて良かったと感じた瞬間でした。小野次郎さん、ありがとう。

運命の長女:スカルノの娘メガワティの半生

秋尾 沙戸子著
2000年新潮社刊/1700円/ハードカバー/352頁
ISBN4-10437001-0

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  • 目 次
  • プロローグ
  • 第一章 運命の家族
  • 第二章 スカルノは死せず
  • 第三章 父と同じ道へ
  • 第四章 流血の朝
  • 第五章 スハルトの最後
  • 第六章 そして歴史は塗り変わる
  • エピローグ
  • あとがき

最後の歌舞伎座

たったいま歌舞伎座より帰宅。第三部、最後は「助六」。
私がいまの歌舞伎座に足を踏み入れるのも今日が最後かと思うと、急に寂しくなった。芝居が観られないだけでなく、切符がないと、中に入ることさえできない。いや、違う。この空間そのものがなくなってしまうのだ。
終演がほぼ22時だったので、さすがに疲れた。詳しいことは気を取り直して改めて。