眩しすぎる陽射しなのに大粒の雨。抜けるような青空が広がっているのに、頭上にだけ薄い雲。そこから、かくも大粒の雨が降らせるなんて。文字通り天気雨の北野天満宮へ和服で出向いた私には、大粒の雨が恨めしく、つい愚痴っぽい文面になってしまいます。
この日は風も強く、境内の梅も散いそうな勢い。右の写真をクリックしてみてください。花びらが舞っているように見えますが、これらは大粒の雨なのです。

訪れた目的は、明月舎でのお茶会。母の小紋に梅鉢文の帯を締めました。
2017年3月 梅小路公園
2017年3月 法要の装い:祖母の十三回忌は提婆品の帯で
3月11日は祖母の十三回忌。厳島神社に清盛が納めた平家納経の提婆品(写真左)をモチー
フに織られた帯をデビューさせました。法華経の十二品「提婆達多品」は、女人成仏を謳っており、祖母の成仏を願う意味もあります。
この重厚な帯に合う色無地が我家にはなかったので、京都で誂えました。七回忌までの法要には派手かとも思ったのですが、親戚だけが集まる十三回忌の法要であり、普段はお茶席で着るだろうと考えての選択。これ以外に、チョコレート色、ラピスラズリ色、深緑も候補でした。チョコ色はお茶席でよく見かけるので止め、ラピス色は華やか過ぎるので止め、結果、北極星の色にした次第。地紋は、高野槙。めずらしいですね。
色無地は、すでに京都と水戸で着ています。鳳凰の帯以外にもいろいろ合わせやすいので、満足しています。
2017年3月 吉田塾へ紅椿の帯で

東大寺二月堂の修二会の季節。3月半ばまでは紅椿を纏いたくなります。
母の紬に紅椿の帯を締め、吉田塾へ。
伺ってみると、雛飾りが・・・。そうです。京都の旧家は、旧暦で飾るところも多いのです。今年は30日がその日にあたるとか。だったら、ひいなの帯を締めたらよかった、と一瞬思ってもみたけれど、いえいえ、吉田孝次郎さんは東大寺のお水取り(修二会)の話をされると確信していたから、この帯を選んだんです。その予感は的中しました。これでいいのです。
二月堂に鎮座する十一面観音に捧げる椿の造り花の和紙は、染司「よしおか」が黒谷の和紙を紅花で染めて納めています。試別火 (ころべっか) という修行期間のなか、花拵えの日に連行衆と堂童子が拵えるのです。支子で染めた黄色い和紙を花芯とし、紅花染めの赤3枚と白2枚の和紙で椿の花とします。吉田家の玄関には、その椿が飾られていました。季節の室礼、さすがです。
今回のテーマは朝鮮毛綴れ。野生のヤギや羊の毛で織り、綴れの上に絵を描いています。触ってみると、ザラザラしています。山鉾の懸装にも使われた時代があり、山鉾町には数点、残っているようです。この手法は世界でも朝鮮半島にだけ存在するのですが、
韓国からいらした方によれば、
すべて織る手間暇をかけて表現せず、色を塗ってしまうところが、朝鮮民族らしいとのこと。アジア各地を歩いてきた私の浅い経験でも納得してしまうお言葉。実際、その血を引く末裔が仰るのだから、なるほど、そうなのでしょう。
2017年3月 祇園ない藤の、春を呼ぶ草履
「祇園ない藤さん」でみつけた草履です。今年のゑびすさんの帰りに。
年甲斐もなくブリブリかも、と悩みつつ、しかし、春を待ちわびる心にはピッタリで、最近、よく履いています。ぽっこりのような形が可愛いでしょ。横から見て、梅色とも桜色とも。
母と祖母の形見を生かそうと和服の着こなしに挑戦してきた私ですが、草履は家にあった「ぜん屋」の鼻緒を替えるだけで、あとは三越のワゴンセールで済ませてきました。自称「西麻布のイメルダ」が草履に興味を持ったら最後、どんだけ散財するか怖かったからです。
スタジオの仕事が多かった時代には、泥なしのパンプスをキープする必要があり、パリ、NY、香港、東京でシャルル・ジョルダン製を買い漁っていました。90年代まではジョルダンがダントツ、華奢でスタイリッシュだったのです。

年の路上転倒以来、和洋とも履物を見直しています。ない藤さんのお草履は、歩きやすい上、デザインが面白い。上から見ると四角くて、横から見ると、ぽっこりみたい。そう、実は横からの景色も大切なのだと、教えてもらった一足です。



















