葵祭に向けて、カメラを持って奔走するため、ずっと洋服にしておりました。報道陣に紛れると、顰蹙を買うからです。それでも神事となれば、せめて和服にしたいもの。そういうときは着物の色のトーンを落とします。
この日は下鴨神社の御蔭祭。御蔭神社から神さまを神馬にお乗せして下鴨神社に参進する神事です。あいにくの雨模様。比叡山の麓の御蔭神社から赤宮神社に向かう写真は昨年撮影したので、糺の森で東遊びを披露するのを撮影するために下鴨神社を訪れました。天気予報は雨。なのに、持ちこたえていたので、和服にした次第。
河合神社に着いた途端、スタッフが携帯で話す声が聞こえてきました。「切芝は止めて、舞殿になるのですね」。えー、がっかり。境内の中にある舞殿に変更するというわけです。
神馬によって御蔭神社から降りてきた神様が無事に神殿に遷られた途端、大粒の雨が振り出しました。100円ショップでゲットしたレインポンチョをかぶり、レンズを向けた私。
この単衣のお召しは袖丈が一尺五寸。母の若いころのものと思われます。綴帯は私のために用意されたのか母のものか不明。20代の頃、よく締めていました。京都でも可愛いと評判です。当時、これにあわせていた着物を遺品から探していますが、みつかりません。どこへ消えたのでしょうか。
移民1年に20万人計画は見直すべき
「今回のウクライナで、日本人、いろいろ学習できましたよね」
京都で暮らす40代の女性が何気なく、こう語った。
--そんなわけないでしょ。そこまでの想定力があったら、日本の将来万々歳。そうじゃないから心配なんです。
ウクライナ情勢で学ぶべきことは、大国の思惑で国家が分断される可能性があるということ。しかも、住民投票という、きわめて民主的な手法で。ロシアはクリミアをきっかけに東ウクライナを併合することを射程に入れているはず。それを、中国はじっくりと観察しているのです。
早晩、日本でも同じことが起こりえます。年間20万の移民を入れる計画は危険です。しかも「新移民」にまで「外国人参政権」を与えれば、「新移民」が集中した地域は、住民投票で日本から分離独立、「新移民」の母国に帰属が可能になるのです。最初の危機は沖縄に訪れると私は観ています。
移民受け入れには条件が必要です。まず1年に20万人は多すぎ。5年で100万人ですよ。移民の母国も多様であるべき。特定の大国から1度に数万人ずつやってきて過疎地で暮らせば、住民投票であっという間にその土地は日本ではなくなるのです。しかも、彼らは母国にいる家族をごそっと日本に呼び寄せるのです。外国人参政権も、昭和から日本で暮らした人々、あるいは30年以上日本で暮らした人々にに限定すべきです。
日本の若者だって非正規雇用なのだから、外国人労働者も5年限定でいいのではないでしょうか。あまりに優秀で、日本企業が正規雇用を考えたいのみ、その枠を広げればいい。あるいは、呼び寄せる家族の人数を限定すべきなのです。
毎年20万人も来られた折には、彼らが日本的価値やモラルに寄り添わず、日本人が欝になる可能性も覚悟せねばなりません。当然、犯罪者も大量に入国してきます。マフィアのような地下組織だけでなく、一見、普通の労働者のように見えて、実はグローバルな犯罪ネットワークにつながる人々も含まれるということです。日本の安全神話は飛んでしまいます。対岸の火事で眺めていた事件が、日本国内で起きるということなのです。人身売買やテロも起きるということです。
TPPより、はるかに危険な移民20万人計画。この動きに目を光らせることこそ大切なのです。
メキシカン@岡崎
インドネシア料理@木屋町三条
流鏑馬@下鴨神社 続き
菖蒲と蓬@端午の節句




子どものころから日本にいるときは菖蒲湯を欠かさなかった私。でも今年の菖蒲湯は特別でした。上賀茂神社からのおさがり「菖蒲と蓬」を湯に浮かべたのです。これで5月の邪気祓い、完璧。
5月5日の端午の節句。端の午、つまり5月最初の午の日という意味でもあります。陰陽道としても、奇数が二度重なるので重要なのです。神官だけでなく、競馬会の馬も乗尻(騎手)も、菖蒲&蓬を腰につけています。
京都では、香りの強い菖蒲と蓬がセットなのです。『枕草子』には「節(せち)は五月にしく月はなし。菖蒲・蓬なるかをりあひたる、いみじうをかし」とあります。いまでも老舗によっては菖蒲と蓬を家の軒に挿して邪気を祓います。農家では、蔵の屋根の上にこれを置くことで、蔵を清め、五穀豊穣を願ったとか。今回は上賀茂神社の社殿の屋根だけなら、と撮影許可を頂きました(↑)。
上賀茂神社は来年、式年遷宮。これから本殿は檜皮葺き社殿の屋根葺き替え作業に入ります。いま神社に行くと、本殿に使われる檜皮に自分の名前を書くことができるので、ぜひお勧めします。
2014 年5月 葵祭「禊の儀」


この日は報道席から撮影したので、私は和服を着ておりませんが、和服好きには十二単の襲に興味がわくと思い、掲載します。
葵祭のヒロイン「斎王代」が手を清める「禊の儀」。昨年は下鴨神社、今年は上賀茂神社で執り行われました。写真は手を清めるところですが、人形に息を吹きかけ、奈良の小川に流す禊の作法が重要なのです。女人列の50人も人形を流しました。
ところで、斎王代は、「代」というくらいですから、本物ではありません。本来は内親王が奉仕されていました。戦後、葵祭のヒロインというポジションが生まれました。京都で代々続くお家のお嬢さんが選ばれます。芸能界のように、ぽっと出の女性が出るわけにはゆきません。

葵祭当日も、斎王代が一の鳥居で腰輿(およよ)を降り、左下のように童女に裾を持たせて歩いて参進するのですが、今年はあいにくの大雨。この日に撮影できて、本当にラッキーでした。ドロップのように色とりどりで美しい、女人たちの装束もお楽しみください。
禊の儀@上賀茂神社




葵祭りに先立ち、斎王代と、お付の女性たちが手を清める儀式が上賀茂神社で行われました。昨年は、下鴨神社だったのです。
今年の斎王代は和菓子の老舗「老松」のお嬢さん。頭に葵をつけています。葵祭当日も。
十二単の襲が美しいですね。雅な色使いが好きです。フランスにも通じるものがある。こういう光景をよく目にする京都では、はんなりの着物を着たくなります。東京とは気分が変わります。
肝心の禊ですが、ならの小川の畔で手を清めます。撮影には、介添えの女性が邪魔ですね。どのショットにも入ってしまいます。彼女にも平安装束に近いものを纏わせるか、女官の誰かに介添えの知識を叩き込むかにしてほしい。
その後、橋殿に戻って、人形(ひとかた)に息を吹きかけ、ならの小川に流します。これは夏越の祓などと同じ、上賀茂神社ならではの禊の作法です。






