祇園祭しめくくり

37964477_10211729337135853_1853362496568557568_n38072198_10211729337215855_1435205266609012736_n疫神社の夏越祭は10時から。今年は足の手当てのために病院に行っていたこともあり、12時頃に神社へ。鳥居近くに刺さっているチガヤは99%抜かれた後。それでも、茅の輪をくぐり手合わせして、青々としたチガヤを探して、小さい茅の輪を作りました。

ここからが私オリジナルの儀式。赤い紙に「蘇民将来之子孫也」と書いて茅の輪につけ、正月から飾り続けた伊勢の注連縄から木札のみ残してセットします。木札、表には「蘇民将来家之門」、裏にはセーマンドーマンが書かれております。これで悪霊対策バッチリ。(なのですが、赤い紙がなかったので、今年は未だです)。


★蘇民将来@玄関2016

GQ9月号、読んでね

GQ男子に和服をお勧めしております。コラム、読んでね。37757623_2097901490228997_3679363899682979840_n

足の指にヒビ

37897860_10211698162916517_6664169718598860800_n足の指にヒビが入り、歩行困難状態、引きこもりです。

22日にぶつけて患部がどこかよくわからないまま、万が一ギブスをはめられると動きがとれないので医者には行かず、24日、朝の山鉾巡行から夜中の還幸祭まで、指が当たらない下駄ばきで走り回ったのですが、翌日レントゲンをとると、やはりヒビ。場所がずれていたら手術だったと脅されました。びっこひきひき牛歩状態につき、昨日は東京の会議も欠席。次第にズキズキ痛みが増してきて、京都宅にて籠城中。

例によって治療に最低3週間と言われていますが、痛みが引いたら、左足に白い包帯撒いて、右足は白足袋で、タクシー移動ならお茶会には行けるかもと目論む前向きな私。治療用スリッパに呼応する水色のお草履を、この春、ない藤さんの蔵出しで購入したのを思い出しつつ。

環幸祭

御旅所に7日間滞在された神々は、神輿に乗って氏子地域をめぐり、八坂神社に戻ります。それを先導するのが久世國中神社のお稚児さん。長刀鉾のお稚児さんと違って、こちらは騎乗のまま八坂神社の境内に入れると書いてあるのですが、果たして本当なのか。暗いのでわかりにくいかもしれませんが、たしかに、白馬に乗ったお稚児さんをカメラに収めました。この後、三基の神輿から神々が本殿にお遷りになり、祇園祭は一区切りです。宵宮祭同様、境内が真っ暗になるので、荘厳な雰囲気に包まれます。

 

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祇園祭後祭 巡行の朝

後祭、スタート地点は新町御池です。新町通を八幡山、北観音山、南観音山、大船鉾が北上します。そこを一緒についてまわる人々、御池通で待ち構えている人々、見物客はいろいろです。38544222_10211768000422411_8905046180614897664_n
38845696_10211772455733791_8562830805741600768_o

後祭宵山

38612454_10211767715775295_1800689365542764544_o後祭宵山の夜は静かで情緒があるのです。北観音山の日和神楽が町をめぐり、もうしばらく経つと南観音山で暴れ観音が始まろうという時間帯です。

祇園祭後祭 曳き初め

37756423_1961084550609004_4164994138149748736_n37585969_1953678994682893_8812704233427042304_n山鉾風流。17日の前祭が終わると、後祭の鉾建てが始まり、20日は曳き初めです。

38度39度の猛暑で倒れそうだった今年の祇園祭。出歩くより室内で優雅に過ごすことを選択してしまいました。まずは無名舎吉田邸の2階から眺め、後半は自ら曳き初めに参加。何年も重ねてくると、祇園祭友だちができるもの。普段は茶友だったりもするのだけれど。37500461_1862393004064332_4752663479490445312_n

神幸祭

IMG_3032神幸祭は毎年、観る場所を変えているので不確かですが、最近は久世稚児さんを花見小路で乗せてしまうのでしょうか。最初に見たときは、強力さんの肩に乗り、四条通で騎馬していたのですが。あ、八坂神社を出た後、花見小路の一力さんで休憩されるのです(←神さまだから敬語)。

久世稚児は、長刀鉾のお稚児さんとは別です。お神輿を先導するのです。久世國中神社の氏子の中から選ばれるのですが、首からご神体である駒形を下げています。こちらは荒魂、長刀鉾が和魂。あわせて祇園祭なのです。

ところで、帽子の女性、白馬の担当のようですが、神となったお稚児さんについて歩くの、女性でいいのかどうか、微妙な気がします。

祇園祭前祭 おかえり

37620970_10211666784052065_6501116851483836416_nさつきちゃん イカルス前祭、例年は新町御池で山鉾を撮る私ですが、今年は新町通にある某町屋の鉾見台で優雅に拝見いたしました。四条烏丸を出た山鉾は、東に進んで河原町を北上し、御池通を西に向かって、烏丸通をまたいだところで、今度は南に下って鉾町へ帰るのです。帰路につく鉾を町屋の二階から見るというのが、なんとも贅沢な愉しみ方なのですが、今年は浴衣姿の祇園甲部の芸妓さんたちとご一緒できて幸運でした。それにしても紗月ちゃん、すっかり大人になって、びっくりです。

祇園祭前祭 巡行の朝

1IMG_2074 四条烏丸の朝 長刀乗り込み7日朝、前祭の山鉾は、四条烏丸の交差点から東へ向かいます。朝9時前、先頭の長刀鉾は会所から後ろに下がり、交差点真ん中へ。そこに囃子方、禿二人、そして強力(ごうりき)さんの肩に載せられたお稚児さんが入ります。神さまの子ゆえ、地面に足を着けてはいけないのです。今年のお稚児さんは実に表情豊かでよく笑っていましたが、この瞬間は少し緊張気味。

無事に巡行を終え、長刀鉾を降りる瞬間は、御池新町で見られます。今年は新町通り某所の鉾見台にいたゆえ、ここでお稚児さんの写真をカメラにおさめたのでした。

 

祇園祭 宵宮祭

37282255_10211627243183568_6783893976379293696_n37209101_10211627243263570_8165086975519358976_n37126974_10211627242743557_2993198253731741696_n37199704_10211627243543577_4399153221096964096_n37112766_10211627242663555_1039696880964993024_n八坂神社の境内が真っ暗になり、お神輿三基に神々の御霊が遷されました。点灯の後は、役員の方々が神々に手合わせ。神職さんたちは本殿に入っていかれました。山鉾巡行と神輿渡御はいよいよ明後日――。

歩行者天国により、四条通烏丸通山鉾町の熱気はますます上昇中。それに比して、境内は暑いながらも清々しい風が吹いていました。神さまの気配、かも。

注)神々と省略しましたが、具体的には、素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神です。

詳細は、きもの適齢期へ

京都での日々は、「きもの適齢期」に詳しいので、kimonoをクリックして、覗いてみてください

日の丸の風景

IMG_7508上賀茂神社では紀元節に、武道や蹴鞠の奉納があります。神事の前に、日の丸掲揚。

その後、金毛院の月釜、そして、吉田家へ。日の丸が掲げられていました。

「日の丸掲げるとこ、減ったよねえ」と同世代の間で話題に。「金具もないからね」

IMG_7573我家も、東京に転勤してすぐ社宅にいたころは掲げていたような。でも、いつごろからか。東京の民家で見かけることはなくなりました。

世界各地を歩くと、自分の国旗を誇りに思えないのって、みじめな気持ちになるんです。だから、掲げてみたい衝動にかられたことが何度もあるのだけれど、左翼色の強いジャーナリズムでもアカデミアでも、右翼の烙印を押され、面倒なことになるから止めてきた私です。

オリンピックのときだけ日の丸が出てくるのって、やっぱり変。国旗に罪の意識を刷り込んだ、戦後の偏った空気も。そう感じている人が増えてきて、一気に右傾化していく危険をわかっているのだろうか、むやみに日の丸批判をしてきた人たち。戦争をちゃんと検証することをしないで。IMG_7577

帰りしな、六角通の自販機の前で、こんな光景が・・・。金具なくても、掲げている人がいるのです。この光景をどう見るか。いまの日本では、両極端に分かれるだろう。戦争の実態をわからないまま、ひたすら感覚だけで。

戦争にいたるまで、戦争中に何が起きたか、いまこそ知るべき共有すべき。戦禍に巻き込まれたら、自分んたちの暮らしがどうなるのか。想定する力が求められているのです。

 

 

紀元節

建国記念日は紀元節。上賀茂神社の神事に参列するときには、八咫烏の帯を締めます。P2000112 - コピーIMG_7514P2000036 - コピー

追儺式

京都の節分は忙しいのです。

今年は、2日に吉田神社の追儺式、3日は聖護院、須賀神社、蘆山寺、下御霊神社。昼間、鬼がゆるキャラ状態なのは、上の「きもの」をクリックして、見てみてください。

昨年は福豆まきで1日を要し、夜は上御霊神社の御霊太鼓を聴きに行ったのですが。

 

立春大吉

名称未設定-12立春の京都は、抜けるような青空に恵まれました。2日3日と神社仏閣をめぐり、厄払い万全で立春を迎えられたことと思います。

写真は、上賀茂神社での福豆まきご奉仕。おかげさまで、無事に酉歳を過ごすことができました。支えてくださった皆さまに、改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。

実は、ほかに裃着て正面アップの写真もあったのですが、売れなかったアイドルが演歌に転向して出したシングルジャケットにしか見えないので、不採用。「立春大吉」が曲名みたいな。昭和の空気満載で。興味ある人は、昨年2月のブログを見てね。

相変わらず、童顔のまま歳を重ねた者の悩みは尽きませんが、今年もよろしくお願いします。

 

元旦の風景

歳旦祭の後、直会を頂戴して外に出てみると、まだ空には雲が残り、鈍い朝陽を浴びただけだが、卯杖と絵馬を頂くために本殿の方へ。昨年に続いて丹塗りの矢を背景に撮影を試みていると、初詣のみの巫女さんが一斉に整列。絵になるので、アイフォンを向けた。IMG_5714[1]

歳旦祭

IMG_5691[1]IMG_5691[1]上賀茂神社では朝5時から歳旦祭が斎行されます。中祭ですが、賀茂祭と同様に20以上の神饌がお供えされますので、1時間ほどを要します。

今年も無事に参列できたことに感謝。そして日本の安泰を祈りました。そして、皆さまのご無事も。

 

をけら火

IMG_5676八坂神社の絵馬はいつも、どことなく愛らしい。をけら火を頂き、しかし、家で点けることができないので、最近は絵馬の前でまわして記念撮影したら、その場で消し、台所に火除けの守りとして飾っています。

昨年までは、をけら酒もいただいていたのですが、年々長くなる列にめげて、今年は断念。8割が中国からの観光客ですよ、並んでいるの

除夜の鐘をついてから、徹夜で上賀茂神社の歳旦祭に臨みます。

 

松飾り

IMG_5575東京でもお正月にはマンション扉の両脇に松を立ていましたが、京都では松に根っこがついていて、最初は当惑したものです。雄花と雌花。ひな人形と同じ並びで、陰陽を反映させています。

門松は15日まで、伊勢のしめ縄は1年中。今年初の大王松は途中で鬼門に移すつもり。

 

暴風雨の中の鞍馬火祭

★IMG_1733 ■先月の話で恐縮ですが――。

洛中で時代祭を観た後、夜は鞍馬の火祭へ。10月22日に京都を訪れる観光客の行動パタンのひとつで、鞍馬には大勢押し寄せると言われています。今年はじめて参与観察を目論んだ私でしたが、あいにくの暴風雨・・・。

祭は★IMG_1795中止と誤解され見物客は少なかったものの、横殴りの雨の中、何を撮影しているのかわからない。目を開ければ容赦なく入ってくるのは、大粒の雨と松明の煙。★IMG_1816親指の付け根には火の粉が飛んできて、痛いのなんの。以来、炎に近づいて顔を向けるのが怖くなった情けない私です。★IMG_2433

家に着いてから傷口を見ると、1センチ角1ミリの深さで皮がむけているではありませんか。痛いはずです。松明を持つ皆さんも半端なく火傷されているのでしょうね。厄落としと呼ぶにはあまりにペインフル。未だ跡が残っております。

なお、お神輿は御旅所には向かわず、神事は変則的に斎行されました。

黙祷を捧げます

家にいる人は、NHK総合で広島からの中継を見ながら、黙祷を捧げましょう。

せめてこの日だけでも、原爆投下で犠牲になった人々に思いをはせるのが、戦後72年、平和を享受した私たちの誠意と考えます。

祇園祭:お千度の儀

IMG_8345●●いよいよ祇園祭が始まりました。

山鉾巡行で先頭を切る長刀鉾のお稚児さん。この日、初めて神前に名乗り出ます。両脇を固める禿たちがIMG_8729●露払いとなり、長刀鉾のお供を引き連れて、八坂神社にやってきました。例年、父と祖父に手を引かれるのですが、今年は、父と叔父のようです。お稚児さんの手にご注目あれ。もはや素手で手をつなぐことは許されず、白布越しなのです。
IMG_8920●

神前で玉串を奉納した後、本殿を拝礼しながら千度まわり、参拝します。実際には三度まわるだけなのですが、お供の数を延べにすると千度になるということで、お千度の儀といいます。

夏越の祓@上賀茂神社

風そよぐ奈良の小川の夕暮れは 禊ぞ夏のしるしなりけり

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百人一首に出てくるこの歌は、上賀茂神社で6月末日20時に斎行される神事を詠んだもの。現在まで続いています。

参拝者が息を吹きかけた人形を、神職が境内の中にある奈良の小川に1枚1枚流します。これが「水」での禊。さらに川の中に設えられた薪の炎を浴びることで「火」の禊を受けるのです。神さまは「火水さま」と表記されることがあるのは、そのためです。

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5月25日、黙祷を捧げます

昭和20年5月25日、71年前の今日は、4度あった「山の手空襲」の最終日。渋谷・原宿・表参道を含む東京各地にB29から落とされた焼夷弾の数は、3月10日の2倍だったといわれています。

表参道交差点の「山陽堂書店」に逃げ込んだ人、青山墓地に向かった人は無事でした。けれども、安田銀行(現みずほ)を目指した人、明治神宮に向かった人は、犠牲になっています。その様子は『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』第1章に詳しいので、ぜひご高覧ください。

表参道に焼夷弾が落とされたのは22時22分頃。これを読んでくださった方は、できれば黙祷を。毎年、犠牲になられた方々に思いを馳せることが供養だと考えています。

夏柑糖の季節


IMG_3131◆老松さんの夏柑糖を先日、里桜満開の京都御所で頂きました。
 
上七軒まで行かないと手に入らないと思い込んでいたら、大丸京都店に売られていると聞き、友人を誘って御所まで北上した次第。アイフォン7plusは、背景をぼかせるので撮影も楽しいのです。IMG_3115◆
八重の里桜は地面にまで花が来ているせいか、桜の下で昼寝する人読書する人、桜色を背景にポーズをとる外国人などなど、控えめに外から観賞する枝垂れとは違って、気楽なのでしょうか。きわめて庶民的な光景がそこにはありました。
 
夏柑糖の誕生は、戦後まもなく、お庭にあった夏蜜柑にお砂糖と寒天を合わせて、上七軒の数寄者のために作ったことにあるとか。夏蜜柑が希少につき期間限定ですが、未だ間に合います。どうぞお試しあれ。人気のお菓子ゆえ、電話予約をお勧めします。IMG_3139里さくらと◆

建仁寺四頭茶会

茶道をたしなむ人なら一度は行ってみたい建仁寺の四頭茶会。今年、初めて伺いました。

IMG_2778●IMG_2729●建仁寺を開いた栄西禅師。毎年4月20日の降誕会に、四頭茶礼が行われます。京都の無形民俗文化財に指定されてもいます。

拝服券は、四頭茶会の本席 のほか、薄茶席が 2 つ(裏千家と表千家)、煎茶席、点心席の 5 枚つづりで、1日かけて各会場を巡るのです。

本席で最初に配れるのは、紅白の紋菓、椿の葉に載せ た「ぴりコン(醤油で炊いた蒟蒻)」と、抹茶が入ったの天目茶碗。供給の僧が、口に茶筅を挿した浄瓶を持って入堂。私たち客人が天目台に載せた天目茶碗を捧げ持ち、そこに湯を注いでそのまま茶筅で点てるのです。最後に、供給が天目茶碗を下げて、方丈の間を出る瞬間だけ、写真に収めさせてもらいました。

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おしゃかさまをたたえる夕べ

4月8日は花まつり。名古屋の仏教系幼稚園に通っていた私は、お釈迦さまに甘茶をかけて、おまつりしていました。

今年も、京都仏教会主催の、おしゃかさまをたたえる夕べにお招きいただきました。3年前は、講演者として壇上に上がった私です。IMG_1576

母の色無地風霞文の着物に、平家納経提婆品の帯。「おしゃかさまをたたえる夕べ」だから、法華経の帯を締めたのです。先日、祖母の十三回忌でデビューさせたもの。平清盛は、法華経などを厳島神社に納経しています。第十二品の提婆達多品は、女人成仏をうたったもので、そこに描かれた絵を織り上げています。

南無妙法蓮華経と唱える私の手は、ブレスにしているラリマー。お数珠を忘れて、ごめんなさい。この写真を撮影してくれたのは、杉本歌子さん。画家だから、アングルが面白い。

IMG_1560◆提婆品

YUKI TORII 東京コレクション

IMG_0611●今年も、東京コレクションにお招きいただきました。

美馬のゆり博士と私が着ているのは、前回のコレクションの作品。私が来ているのは、迷彩風の花柄レースのワンピに、同じ生地でボレロを特注しています。

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早咲きの桜@長徳寺

京都で早咲きの桜といえば、出町柳の長徳寺。カメラマニアの間では有名なのだそうです。
IMG_0689●長徳寺