早朝には錦市場の三木鶏卵にて行列に並んで、卵焼を購入。注連縄、松飾の準備は早々に終えていましたが、鏡餅、星月さんは昼ごろ購入し、大掃除。夕方から上賀茂神社の大祓え+除夜祭に参列。年越し蕎麦を食し、八坂神社へおけら詣り。六角堂で鐘つきました。
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冷静さが大切
やっぱり恐れていた事態が! 娘をパリ留学させたいという人に、止めたほうがいいと忠告したばかり。移民の中にテロリストがもぐりこんでいるはずだから、と。
★複数の銃撃、40人死亡=劇場で立てこもり―パリ(時事通信) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151114-00000019-jij-eurp … #Yahooニュース
パリ同時多発テロ、ここまで大規模になるとは。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りします。心配なのは911と空気が似てきたこと。テロを許してはいけないけれど、「報復の連鎖」にならないよう、冷静さも必要。欧州にいらっしゃる方々は、メトロや人ごみを避けて行動してくださいね。
冷静さが大切
やっぱり恐れていた事態が! 娘をパリ留学させたいという人に、止めたほうがいいと忠告したばかり。移民の中にテロリストがもぐりこんでいるはずだから、と。
★複数の銃撃、40人死亡=劇場で立てこもり―パリ(時事通信) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151114-00000019-jij-eurp … #Yahooニュース
パリ同時多発テロ、ここまで大規模になるとは。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りします。心配なのは911と空気が似てきたこと。テロを許してはいけないけれど、「報復の連鎖」にならないよう、冷静さも必要。欧州にいらっしゃる方々は、メトロや人ごみを避けて行動してくださいね。
上賀茂神社 奉幣祭
上賀茂神社式年遷宮
川島なお美さんのご冥福をお祈りします
訃報にふれて、昨夜は眠れませんでした。
今朝から色々な人に電話して、涙しています。こんな若くして旅立つなんて、悔しいです。
エンジン01文化戦略会議のご縁で、シンポジウムや龍馬ミュージカルでご一緒させて頂きました。気配りの人です。テレビでは見えない気配り、相手を思う気持ち、すばらしかったです。端々に見せたプロ根性、見習わねばと思っていました。
舞台降板を知って鎧塚さんにメールしたんです。大変なのに、返事がきて、頭が下がります。いまは夫・俊ちゃんのことが、心配です。
三津五郎さんに続いて二人も友を送るなんて、悔しいの一言に尽きます。
井上八千代さんボレロを舞う
昨日は泉涌寺の音舞台に行って来ました。虫の音をバックに、西本智美さん指揮イルミナート・オーケストラの演奏に乗って、サラ・オレインさん、石丸幹二さんが歌声を披露。
なんといっても素晴らしかったのは、京舞家元の井上八千代さんによるボレロです。あのボレロをどう舞われるのか興味津々でしたが、目がシャキ、八千代さんに釘付け。思わず「息を呑み」ました。
音舞台の模様は、毎日放送で10月の深夜に放送されるはず。詳しい日程は後ほどお知らせします。
私はといえば、東京からのVIPを私の独断による京都不思議スポットの案内。朝からハイヤー移動の上、腰掛けての鑑賞。コルセット代わりの帯を締めて和服で通して平気のはずが、結果、今日は朝から激痛。辛い。
堀場雅夫さんのご冥福をお祈りします
堀場製作所の創業者、堀場雅夫さんのお別れの会@国際会館に伺いました。
こういうすばらしい方が旅立たれると、もったいない、とつい言いたくなります。享年90歳。日本の若手ベンチャーのため、京都のために、もっともっと活躍していただきたかった。私はといえば、お元気なころにお目にかかっていれば、多方面でご一緒できることもあったかと思うのです。ほんとうに残念。
弔辞の中で素晴らしかったのは、裏千家の千玄室氏、鵬雲斎前家元です。91歳の大宗匠は、堀場さんと幼なじみ。ロータリー家族会、師範学校の先輩後輩の仲。冒頭のお献茶はもとより、メッセージの一言一言が愛に満ちていて、思わず涙してしまいました。
こういう太い絆は京都ならでは。お二人は単に「ええしの坊」ではないのです。育ちがよくて知性と教養に満ち溢れ、革新的で、かつ大局からモノを見られる人々なのです。そういう存在があっての京都だったと、改めて感じ入った会でした。こうした遺伝子が上手に受け継がれていきますように祈るとともに、京都ビギナーとして改めて感謝をささげます。
またまたハンガリー
難民大移動の映像は、ベルリンの壁が崩壊する直前、東ドイツから脱出した人々の姿を彷彿とさせます。1989年夏、東ドイツの人々を西へと逃がしたのも、ハンガリーだったのです。「ピクニック」を装って、オーストリア国境の鉄線を切りました。陸路での脱出です。事実上、ベルリンの壁は無効となったのです。その後、「自由列車」に乗って、チェコスロバキア経由で西ドイツへと人々は移動していく映像など、日本のジャーナリストにも大きな衝撃を与えます。テレビ局のスタッフも、起きていることを追うのが精一杯でした。あれよあれよという間に、ベルリンの壁崩壊、チェコスロバキア、ルーマニアと東欧各国で民衆革命が飛び火していくのでした。
当時の私は、始まったばかりの「サンデープロジェクト」で中継レポーターを週末に、平日の朝はFM東京でラジオ番組を持っていました。後者は自由にコメントできたにもかかわらず、現地の人々の涙の意味や起きていることの背景を説明できずにいたのでした。翌年春、番組改編を機に、東欧へ旅立ち、人々の声を集めるべく、ホームステイして歩くことにしたのです。
今回の民族大移動を機に、国際社会においてどんな変化が起きるのか。振り返れば、今年が歴史の転換点になることは間違いないでしょう。きっかけを作るのは、いつもハンガリー。気になりますね。
缶詰、腰掛、激痛の日々
3日間、某所で缶詰。番組審査に入っていました。コルセットが出来てくるのは火曜日なので、和服で。ぐるりと一周する帯板がコルセットの役割を果たすのです。
とはいえ、椎間板ヘルニアの私には、きつい作業でした。最終審査は全員で番組を観るので、じっと腰掛けていなければなりません。朝から夜まで、時折5分の休憩と食事のみ。腰痛の身には、なんと過酷な作業でしょう。しかも最終日は雨。痛みは気圧によるので、今日は特に辛いのです。
明日は病院で腰を牽引してもらわねば。



秋尾沙戸子 

