広島平和祈念式典

米軍の資料をあれこれ読んでも、不可解なことの多い原爆投下。

せめて毎年8月6日8時15分に黙祷を捧げたいと考えます。

NHKで広島平和記念式典の中継を見ながら、毎年、子どもたちの言葉に涙してしまいます。今年は土砂災害で友人を失った話から始まりました。祖母祖父の代から命がつながれることへの重みを語ってくれます。

市長のスピーチにも胸をうたれました。なのに、安倍総理の挨拶の空しいこと。当事者じゃなくても、広島の70年に寄り添って話せないものか。想像力の有無もあるでしょうが、少なくとも、原稿はもっと練っておくべきだった。被爆70年なのに、緊張感なさすぎです。

 

疫神社の夏越祭

IMG_2664ちのわ祇園祭最終日は疫神社の夏越祭。

まずはお稚児さんはじめ関係者が茅の輪をくぐって、疫神社に無病息災を祈ります。その後、一般の人々が参拝。茅草を持ち帰り、小さな茅の輪をつくり、玄関にかざります。「蘇民将来の子孫也」と書いて。

稚児もちIMG_2666南門にある二軒茶屋で稚児団子を食べました。氷を浮かべた抹茶とともに。社参の儀の際、神の使いとなったお稚児さんが、中村楼でこれを食するのです。それにちなんでの、このメニューも、祇園祭最終日の本日まで。

神輿洗

IMG_2461松明火の粉大きな松明で道を清めた後、宮本組に先導された小さな松明と神輿が四条大橋にやってきます。朝、鴨川の水を汲んで祓った水を榊によって振り掛け、清められるのです。火と水によって祓われるのは、神道の基本です。

IMG_2480宮本組
IMG_2516松明みこし

山鉾巡行後祭

IMG_1150山鉾@烏丸御池 SatokoAKIO祇園祭の真骨頂は、神輿渡御。昨日はお旅所にいらした素戔嗚尊とその家族が、氏子地域をまわり、八坂神社にお帰りになる日。

露払いの山鉾巡行から追いかけると丸一日を費やし、今日は疲れ果てて放心状態。
写真は朝、烏丸御池でスタートを待つ後祭の山鉾たち。この後、御池通りを東に向かって進みます。

後祭、山鉾建て

IMG_0689南観音山IMG_0709南観音山IMG_0668東山雲雨の山鉾巡行にぐったりした翌日、東山の不思議な雲が切りになりつつ外に出ると、後祭の準備は着々と進んでいました。写真は新町通りの南観音山。奥に見えるのは、北観音山の松、そして北山。IMG_0722ビール

 

 

お旅所にて

IMG_5931お旅所神さまは、神輿に乗って氏子地域をまわった後、四条寺町のお旅所へ。一週間滞在されます。

毎晩、無言参りをすると、願いがかなうと、祇園では伝えられています。

神輿渡御

IMG_5866後ろ向き昨日、夜は神輿渡御。今年は石段下で神輿の差し上げを撮影するつもりでしたが、あまりの土砂降りに、例年通り、花見小路で待機。いつもは馬が四条通に待っていて、一力から強力さんの肩に乗せられいくのですが、雨ゆえ、馬が一力前までお迎えに。こちらのお稚児さんは、長刀鉾とは別。IMG_5867前向き

お神輿の写真は例年花見小路で撮影しているので、今日は上から見送りました。真上からでなければ、カメラに収めても大丈夫ですよね。左奥の建物は歌舞練場。IMG_5899★

 

 

 

雨の山鉾巡行

IMG_9846注連縄切り長刀鉾お稚児さんが注連縄を切った瞬間。結界を破って、巡行のスタートです。

このときはまだ小降り。次第に大粒の雨に変わり、皆さん大変でした。裃に傘を刺した行列も、それなりに趣きがありました。さすがに、ご神体人形のない山は、興ざめでした。疫神は寄りしろの松に集められるのだから良しという考えかもしれません。