中村哲さんのご冥福をお祈りいたします

写真を探すのに時間を要したので、いまごろの投稿をお許しください。

私が中村医師にお目にかかったのは2000年秋、第12回アジア・太平洋賞の表彰式会場でした。大賞はアメリカ人に持っていかれましたが、特別賞を日本人3名が受賞しております。

このときのご縁を生かしてアフガンを訪れたなかったこと、いま悔いています。ぶれることなくアフガンのために尽力された先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

天満橋、そして北浜へ

久々の大阪。天満橋で船場の歳時記について学んだ後、北浜にあるフレンチレストランへ。窓から見える光景は銀座の裏通りみたいで、ちょっと懐かしい。クリスマスのせいもあって、街の煌めきも大都会の風格十分。90年代から思うと、変わった。いや、東京に替わる首都としての顔を持ちつつあると改めて思います。

日本の伝統を軸に大阪を見ていくと、面白いことたくさんありますね。京都だけでなく、奈良や大阪に学びを広げて、日本の伝統文化を見極めていきたいと感じた貴重な午後でした。そんなテーマの講座だったので、露骨なクリスマス帯は締めず、葵ながらも赤と緑が入ったものを締めて行ったのでした。草履は、ぎおん内藤の赤。

 

 

2019年12月 大嘗宮へ、稲穂の帯で

公開された大嘗宮へ。造営中より、ずっと近くに寄れたのはいいのですが。

人、人、人・・・。ものすごい渋滞。写真を撮るため人々が去ったあとの最後を狙ったのですが、いやあ、警備の人たちもムキになって咳立ててくるの、びっくりですよ。「おひとり様一枚ですよ」の連呼の中、どうにかカメラに収めた写真をアップしています。鳥居の前で撮影することは、人が写り込みすぎていて、ほぼ不可能でした。

初日2万人との情報に、そのころ誘った人たち皆に断られ、やがて雨が続き、一旦京都に戻ったら、なんと、この日は6万人に。

稲穂の帯を締めたかったのですが、午後は雲が出てきてしまったので、うーん、着物だけでも空色にしたらよかったかなあ、と後悔。

 

 

 

 

2019年12月 南座顔見世、祇園甲部総見

歌舞伎を観るなら、千穐楽が一番。開けてすぐは役者の芝居もまだこなれていない。終わりに向けて、どんどんよくなるのと、役者の妻たちも正装でロビーにいたりするので、劇場が華やぎ、彼女たちの着こなしを拝見するのも勉強になるのです。

しかしながら、南座の顔見世だけは別。花街の総見に遭遇できれば、客席も華やぐというもの。今年は4日、祇園甲部の総見を狙いました。この後、6日には上七軒、9日には祇園東と続きます。

総見とは、芸舞妓が自分の芸を磨く意味も含め、花街ごとに両脇の特別席に座って観劇すること。その様子はカメラに収めたので、あらためてアップしますね。

私の着物は、黒地の源氏香文の小紋。帯は、二葉葵モチーフの和なれど、赤と緑のクリスマスカラーを身にまといました。

 

2019年11月 大嘗祭直後、稲穂の帯で参拝

ずっと参拝したいと思っていた神社へ。京都から遠いので、ずっと諦めていましたが、御代替わりの今年こそはと歩を運んだ次第。

大嘗祭の直後ゆえ、地紋が竹の色無地に稲穂の帯を締めています。

社務所で寄進させいただいたところ、「青は、ここの神さまの色ですよ」と宮司夫人に言われ、嬉しくなりました。

 

2019年11月 大西清右衛門館のお茶会へ

三条通を歩きながら一度は入ってみたいと思っていた、大西清右衛門美術館。そこで開かれたお茶会に伺ったのは、すみや旅館を見学した午後。一度帰宅して、着替えました。

点心席では、先祖代々の酒器からお酒を頂けるのですが、同じお酒でも、各々味が違うのに驚きました。写真は、釜師として代々続いて来た大西家16代当主であり、この日の亭主であった大西清右衛門さんに注いで頂いた瞬間。なんという幸せ・・・。

着物は母の形見。帯は誉田屋製、黒の螺鈿です。

2019年11月 貝紫の小石丸で炭屋旅館へ

一日お茶三昧の日。午前は早朝の法然院塔頭金毛院の月釜、その後、炭屋旅館見学へ。お茶室で一服頂き、盆点ても経験も。最後は、ご一緒した面々と、女将さんを囲んで撮影。

この朝の着物は、貝紫で染めた小石丸(宮崎の秋山さんの作品)に、葡萄文の帯。早起きしたので上手に着られず、袖から襦袢が出たりして気分が整わないまま。よって、一度帰宅して、大西清左衛門美術館へ。

 

今夜の「いだてん」

大河ドラマ「いだてん」が面白くなってきた。先週は、ポスターデザインの亀倉さん、国立競技場を設計した丹下さんも登場。ローマ五輪でのアベベにおいては、イタリアとエチオピアの関係にさりげなく触れて、昭和の話としてリアルになってきたのだ。

なんといっても、選手村候補地としてワシントンハイツが登場するのだから、私が興奮しないわけがない。埼玉・朝霞のキャンプドレイクか、代々木ワシントンハイツか。米軍基地(施設)返還交渉を、宮藤官九郎はどのように描くのか興味津々。おそらくその顛末が今夜の「いだてん」で放送されるはず。

史実として、羽田から朝霞に選手を運ぶ前提で環状七号線が作られていたというのに、選手村は代々木ワシントンハイツに決定する。そこには駐日大使に赴任したばかりのライシャワーも関係するのだが、そのあたり、拙著『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』(新潮文庫)第15章に詳しいので、ぜひ読んでね。

 

 

2019年11月 洛趣会展へ

昨日は朝から洛趣会展@相国寺へ。洛趣会展は、京都のお寺で開かれる老舗の発表会。昭和3年より始まり、今年で87回目。展示のトップは御所人形作家の伊東久重先生と決まっているのです。タイミングよくご挨拶できて、ラッキーでした。伊東先生、ありがとうございます。

ご一緒頂いたのは和服美人の吾郷文恵さん。この後はお茶席、吉田邸へとノンストップ。すでにタグ付けされた写真が示すように、飛び込みで加わった私は着物のまま。だから、お酒も控えめ(涙)。永観堂門前吉田邸のホムパ、次回は着替え持参、洋服で臨みます。