東京と違って、京都で松飾を外すのは、15日の小正月。旧暦では立春後の望月で、この日、多くの神社で御粥神事が斎行されます。小豆が邪気を払うと考えられ、伊勢神宮では9世紀の記録にも残っており、各家庭でも小豆粥を食べるのです。
小正月には餅花を飾り、豊作を祈ります。柳の木に飾る紅白の餅は、農耕神の予祝の花である桜の花、実った稲穂をあらわしているのです。
ゆえに、小豆色の着物に餅花の帯で神事に参列。直会では、お神酒の後に一口、御粥をいただきました。半紙の上に載せていただくので、水分はほとんどありません。
お昼は、りいぼんで。上賀茂神社参拝の折に、立ち寄る店です。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2018年1月 雪の月釜@金毛院
法然院の塔頭、金毛院の月釜。朝一番のお席に伺うつもりでした。
朝起きて、まさかの雪にびっくり。坂道を転ばないかとハラハラしつつ。くわえて、露地を歩くときも、滑るのでドキドキでした。 冬のお茶席で雪景色くらいのごちそうはありません。
2018年1月 犬の帯で吉田塾へ
今年度最後の吉田塾へ。戌年を意識して、犬の帯。
町家は寒いので、途中から羽織を着用していました。あ、羽織にも戌は描かれています。
この後、書塾の書初めへ。床の上で書くので、洋服に着替えていきました。こういうときのために、袴が必要と思うこのごろ。
2018年1月 羽子板の帯留
弘道館の歴史講座に行く前に、六角堂に参拝。
小正月前なので、京都では未だ初春モード。羽子板の帯留を羽根駒の帯に載せてみました。
2018年1月 誉田屋山口源兵衛さんと
新年のこの時期、室町界隈の呉服商には、全国の小売店さんが集います。創業280年の誉田屋源兵衛さんは、今年格別のにぎわいを見せていました。
室礼があまりに素敵だったので写真を撮らせていただいていると、来客との歓談が終わった社長が外出されようとしたので、記念撮影をお願いしました。社長がお召しになっているのは、奄美で作られた新作。私が纏っているコートは昨年の社長作。いまは製造されていない長浜ビロードで誂えていただきました。色もお任せ。昨年の私のイメージは、こんなんだったらしい。
ところで、「春夏冬 二升五合」 どういう読むのでしょうか。京都の商家ではよくみられる表現です。
2018年1月 早朝参拝
2018年1月 寒中托鉢を追いかけて
お正月の京都の風物詩のひとつ、寒中托鉢。とりわけ山伏に会うと、ついカメラを持って、追いかけたくなります。この日は、室町界隈の呉服屋さんを中心に。
戌と兎も描かれている長羽織。節分まで着られるでしょうか。長すぎて、新選組みたいと言われてしまいました。
2018年1月 初卯
初卯神事が1時間早まって、参列しそびれました。戌歳の初卯の日。戌と兎が描かれた羽織を着て。
2018年1月 十日ゑびす
十日えびす。向かう道中は、屋台が出ていて、ついつい買い物をしたくなります。
神社についてからは、まず旧い笹を返し、新たに福笹を3千円で購入して、鯛や宝船、ゴールドの小槌を買ってつけてもらいます。それを、玄関にかけるのですが、東京の酉の市みたいな位置づけでしょうか。
昨年は帰りに草履の「ない藤」さんのセールに寄ってしまった私。みなに、福を、ない藤さんに落としてきた。まっすぐに家に帰らなあかん、と言われたことが気になっていて、今年は直帰したのであります。
しかしながら、そのロジックからすると、タクシーに落としてきている気もして、歩いて帰れということなのかと悩むこのごろ。
ところで、ない藤さんの蔵出はどうしたかといえば、初日9日に訪れて、爆買いしてしまいました。またまた散財。あああ
帯は、昨年と同じ餅花文。福笹とシンクロさせているので、2017年2月を覗いてみてくださいね。寒くて、羽織脱いで撮影できなかったのでした。
2018年1月 裏千家初釜式へ
裏千家の初釜式。毎年、人日の神事に参列し、参列者特権で境内で七草がゆをいただいて今日庵にお邪魔していましたが、さすがに早朝の美容院がしんどくなり、神事はパス。美容院の後に七草がゆだけ頂くべく境内に出向いて、びっくり。長蛇の列ができていたのです。3連休が影響していたと思われます。
大宗匠のお元気なお顔を拝することができて、安心しました。写真は、金沢のお友達夫妻と。母の訪問着に誉田屋源兵衛の帯。昨年、楽楽荘でのお茶事に着用したパタンです。初釜には地味だったかもしれません。