祇園祭が終わってしまいました

琉球がすり2疫神社 20130731 ★雨の中、八坂神社の疫神社では、夏越祭が行われました。これは、祇園祭に関わった人々を集めての最後の神事。茅の輪をくぐって、身を清め、無病息災を祈ります。

選挙を除けば、まるまる1か月、祇園祭一色でしたから、これで終わるかと思うと、寂しくてたまりません。17日の山鉾巡行と夜の神輿による神幸祭を過ぎてからは、あっという間でした。

写真の着物は琉球がすり。派手すぎず、見た目が涼しげで、取材に大活躍でした。帯締が着物にあったからでしょうか、17日の夜、訪れたお茶屋さんでも、お褒めにあずかったので、ますます気をよくした私でした。

神輿洗

神輿を格納庫に終うにあたり、再び神輿洗が行われた。朝、鴨川の水を汲み、清祓を経て、夜には四条大橋で神輿洗。松明の火と鴨川の水。火と水で清められた。中国四国地方で豪雨。京都でも朝は晴れていたものの夕方はしっかりと雨が降ったのだが、夜には止んだ。

これで祇園祭は大方終了。後は夏越の祓を待つだけである。

防災グッズ点検を

油断していましたが、最近、日本列島各地で地震が頻発しています。ニュージーランドや中国での大きな地震の影響を受けないといいのですが。夏休みで海にでかける方々、ご注意くださいね。都心にいる人も、防災グッズや食料備蓄の点検をしておきましょう。

環幸祭のあとで

環幸祭あと1八坂神社の境内が暗闇に包まれる中、神さまが神殿にお帰りになり、神輿3基が乗る舞台に灯りがともった。神殿で環幸祭が行われている間に雨が降り出した。

あとは鴨川の水で神輿を洗う儀式を経て、夏越祭をもって、祇園祭が終わる。1か月かけてここまで人々のエネルギーを注ぐ祇園祭があるからり、京都が守られている気がする。土地の霊も先祖たちも、喜んでいるに違いないのだ。

稼いだお金を地元に投じ、伝統を継承しようという京都人の姿勢を日本社会全体が見習うべきではないか。同じ関西でも、アメリカや中国の株式に投じて自分たちの資産だけ増やす他府県の富裕層たちとは一線を画しているように思える。

花笠巡行、そして環幸祭

祇園祭はまだまだ続きます。朝は花笠巡行。雨が心配されが、10時までには上がって、無事に巡行を終えました。

夕方からはいよいよ環幸祭。御旅所を出て政所に寄った宮本組と中御座の神輿を追って和服に着替えたのち、三条通の伊右衛門へ。まもなく宮本組が通るはず。その後に3つの神輿。すべてが八坂神社に戻るのは23時半くらい。そこで、ご神霊は神輿から神殿に遷られる。いきなり境内が暗くなって、厳かに行われる神事では心洗われる思いがするので、仕切りなおして向かいます。

参院選に思う

選挙特番、やはり池上さんは上手ですね。古館さんの突っ込みもよかった。

問題は、参議院のあり方です。参院はバックに団体を持たず、政治家以外に別の分野で食べていける人に限定すべきです。人数も報酬も半分以下にすることが前提で。選挙に落ちた衆議院議員や元知事などの受け入れ先にするのは絶対に止めさせたい。

ところで、テレビのレポートを観る限り、選挙でネットの使い方が上手だったのは、山本太郎氏と共産党の辰巳コータロー氏。プロ級の作業、お金がかかっている。後者は党から資金が出ているとして、高級車で移動していた山本氏には誰がファイナンスしたのでしょうか。彼の当選を読み解くのに大切な目線です。

「終戦のエンペラー」を受けて@「新潮45」8月号

新潮45「新潮45」8月号(pp168-179)で、映画「終戦のエンペラー」プロデューサーの奈良橋陽子さんと対談しています。

アメリカと敵対した独裁者の中で、昭和天皇の処遇だけ特別。真相は謎のままですがヒントはあります。映画は史実に基づいたフィクションですが、実際はどうたったのか。映画とあわせて読まれることをお勧めします。

無言詣

御旅所四条通の御旅所に七夜お参りすると、願い事がかなうという。あるいは、一晩に四条大橋から七回半の往復という説もある。川端康成の『古都』で描かれているのは後者の形。双子の姉妹がそれぞれ無言参りをしているところに遭遇する。

いずれの場合も、条件は誰とも口をきかないこと。これが難しい。舞妓さんなら、路上でお客さんに声をかけられてしまう。土地に知り合いの少ない私でも、マンションの入り口で誰かに会えば、やり直しなのだからドキドキだ。入るときに周りを見渡し、誰もいないとわかるとエレベータ前へ走る。幸い、中がカメラで見えるので、誰も乗っていなければ急いで上がる。誰かいれば、外にまわり、階段をかけあがらねばならない。なんだか隠し事をしているようで、不思議な感覚に陥る。

神幸祭 神輿巡行

西御座@南座西御座@石段下 (1)昨日こそが祇園祭。

午前中の山鉾巡行が終わると、いよいよ本番、神事としての祇園祭です。御神霊から遷された神輿三基のうち、西御座は錦市場の男たちが担ぎます。八坂神社を出て祇園をまわった後、四条大橋を東に少し入り、北上していきました。

これまで何度も祇園祭の季節に京都を訪れていたのに、山鉾巡行しか見てこなかった私。実はこの神輿巡行こそ、祇園祭の神髄なのです。山鉾巡行は、そのための露払いのようなもの、だそうです。

三基の神輿は氏子界隈を巡行し、最後は四条にある御旅所に迎えられます。「ほいっとー、ほいっとー」という掛け声が特徴。最初は控えめの声も、3時間後に御旅所に着くころにはものすごい迫力で、圧倒されます。

山鉾巡行

山鉾巡行先頭を行く長刀鉾は、お稚児さんが注連縄を切った後、四条通をゆっくりと巡行し始めます。斎竹に張られた注連縄は、神域と人間の領域の境、結界です。山鉾巡行は、神の使いであるお稚児さんがこの注連縄を切り落とし、神域に入るところから始まるのです。

一目、その姿を観ようとしたばかりに、御旅所(八坂神社を遥拝する出張所)の観覧席に着くのが遅れました。空いている席はあるものの入口のあたりが混んでいて、立ったまま撮影していると、宮司さんが気づいて、導いてくださいました。

山鉾巡行では、それぞれの町に潜む疫神を集め、御旅所に封じ込めるのだとか。ここでは、各山鉾の代表者が祓を受けます。結果、町が清められるわけです。

写真は御旅所からの撮影なので、太平の舞のショットは撮れませんでしたが、お稚児さん、どうしてどうして、堂々としています。太平の舞の意味は、疫病退治。新しい町を通るたびに披露し、両脇を固めるカムロたちが団扇でそれを広めるのです。