『ワシントンハイツ』7刷完成

お待たせしました。ようやく『ワシントンハイツ』7刷が完成しました。そろそろ店頭に並ぶはずですので、お問い合わせ頂きますと幸いです。

関心を持って頂き、ありがとうございます。

芽吹きが教えてくれた

なんだか、疲れた。震災疲れ。情報の洪水の中で溺れそうになりながら、一方で、今度は東京に地震が来るかもしれない、被爆するかもしれないと薄氷を踏むような日々を過ごして早1ヶ月。当事者でもないのに、この疲れはなんだろう。

でも、そろそろ気持ちを切り替えようと思い立つ。負のエナジーが日本列島に充満すれば、狙われる。あのときもそうだった。阪神大震災の2ヵ月後に地下鉄サリンが起きた。弱った日本をテロリストが襲った。

95年、関西テレビで仕事をしていた私は、現地にも赴いたし、スタッフも被災していた。神戸の人たちいわく「明日地震が起きても悔やまない人生を送ろうと思った」と。

それを教訓に一生懸命生きてきたつもりなのに、でも、生き延びたい自分がいて、最悪の事態に備えて準備を始めてしまう。一方で、被災者と何かを共有したい自分もいるのも確かだ。

募金もチャリティも、どこか自己満足な匂いも感じる。募金をするなら、各市町村の口座に送るほうがいいだろう。報道されるように、芸能人が避難所にやってきて、人々が元気になるのはいいことだ。天皇皇后両陛下がお見舞いされるのも意味がある。いま私が行っても、足手まといなのは見えている。

かといって、日本のオーラを出すために、せっせと和服を着て記録する私も、自己満足だ。自分を元気にするためだけかもしれない。被災地のために何もできていないのに、でも、どこかで地震にも放射能にも免疫が出来て、少し前に踏み出せそうな気もしているのだ。

そうつぶやいている間にも、桜の枝には葉が出て、我家の楓も芽吹いて花を咲かせ、着々と成長している。この生命力を見習わねば。

震災から1ヶ月

「戦時体制と同じじゃない」

震災の翌日だった、友人がそうつぶやいたのは。実家の近くで小学生が防災頭巾をかぶっているのを見て、そう感じたというのだ。

やっぱり来たんだ。巷で言われるように、地球に大変動が起きるという説が、いよいよ始まったのだ。そして、それが人類にとって大きな試練になることも、どうやら現実になるらしい。

しかし、なぜ日本が最初なんだろう。それが私たちの最初の疑問点だった。ほかの国の事例がないまま、日本人の力量が試されることになった。よりによって、民主党政権の折に。

友人の直感は当たった。二転三転する計画停電や日々報じられる放射能の数値に振り回され自粛しながら、爆発しないとも限らない原発の恐怖に怯えるなんて、65年前と同じではないか。サイレンのたびに防空壕に入り、大本営の発表を疑いながら耳を貸していたあのころ。テレビや携帯の地震予報のたびに身構え、東電や保安院の発表する数値に怯え、政府の発表を疑いながら、水や食糧の備蓄に備えている私たちの日々は、当時の日本と変わらない。

原発をもつことは、戦争を始めることと同じなのだ。なのに、破損して「見えない敵」と化した原発と戦えるだけの武器も作戦も持たずに半世紀も過ごしたことに、呆れ返るばかりだ。せめて無人で操作ができるロボットくらいは開発されているものだと思っていた。

私は戦争には反対である。原発にもアレルギーがあった。同じ匂いがしたからだろう。問題は、具体的にどう危険で、それが戦争に匹敵するものであることを、私は具体的に調べて反対しなかったことである。チェルノブイリもスリーマイルも、対岸の火事で見過ごしてきた。福島とどこが同じで、どこが違うのか、あわてて調べ始めている自分も罪人の一人ではある。

もしも私たちにチャンスがあるとすれば、発想の転換しかない。これまでとは全く違うシステムを構築することだ。大自然に対して、謙虚な生き方。この2年、経済が落ち込んでも、その先に人々を幸せにする生き方。それをどうみつけるかである。一瞬、不安になるかもしれないが、これから地球全体が天変地異にもだえ苦しむのだから、日本が先に新しい生き方を提示すればいい。そこに気づくことが求められている。

都知事の正論が心に響く夜

19時半ころに投票所に出かけた。ぎりぎりの投票に誰もいないと思いきや、その時間帯に訪れる人が少なくない。足腰の不自由な妻の手を引きながら、いつも近所で見かける顔のおじいさんが入っていくのも見た。なるほど、20時まで開けるのは意味があると少し嬉しくなった。

ところが、家に戻ってみると、地上波でもBSでもニュース番組が一斉に、20時には石原知事の当選確実を報じている。なあんだ、自分が投じなくても、もう結果は出ていたのか。わざわざ投票に出向いたことが阿呆らしく思えてきた。 

そんな私の気持ちを見透かしたように、石原知事の第一声は、早々に出口調査だけで当確を打ったメディアへの批判だった。立ち居地が都民に近いことに少し驚く。

 その後の発言は――。我欲を捨てよう。日本再生のために腰を低くしてスクラムを組みなおそう。なぜ一番ノウハウ持っている事務次官会議をやらないのかとチクリ。東京が少しくらい貧乏になってもいいが、東京は首都であって政府じゃない。国が復興資金の調達を考えないと。そして、一番説得力があったのは「パチンコ屋と自動販売機」が消費する電力は福島原発を消耗しているとの指摘だ。

 よくぞ言ってくれたと思った人は多いはず。街がこんなに暗くなっているのに、パチンコ屋だけ眩しく賑々しいことにずっと違和感があった。民主党政権だから業界に物申せないのだろうと勘ぐっていたが、石原知事は、1年に1000万キロワットとされる「パチンコ屋と自動販売機」の消費電力を、夏までに政府が政令を出して抑えるべきと指摘した。

 「パチンコ屋と自動販売機」の乱立は、日本に特異な光景である。そう考えれば、コンビニ近くの路上に何台も並ぶ自販機は1台動いていればいいし、駅のホームもKIOSKが閉まっている間だけ稼動すればいい。酒屋前のベンダーも店が閉じる前にオンにすればいい。パチンコ屋にいたっては、輪番体制にするなり、深夜営業に限定するなり、せめて昼間は明かりを消すか、お年寄りのために手動の台に限定する。東京都内のパチンコ業界は、期間限定で自粛すべきである。

 石原氏のスピーチは本来、総理大臣が発すべき言葉だ。菅政権がちゃんと機能していれば、石原氏が圧勝することもなかったかもしれない。しかし、民主党政権が誕生してその未熟さが露見した上に、非常事態宣言ひとつ出せずにうろたえるばかりで指導力も判断力もない現実を突きつけられてばかり。震災から1ヶ月を経てもなお、何のビジョンもないまま被災地を視察する総理大臣に、どうやって日本の明日を託せというのだろう。

 もちろん、これまでの石原都政にも問題はある。震災がなければ、小池あきら氏と徹底的に論争し、東京の将来について都民が熟考する必要はあった。だが、未曾有の国難においては、この老練な政治家の放つ正論がずっしりと重く、心に響くのである。

出版記念会@ルーマニア大使館

みやこうせいさんが『カルパチアのミューズたち』という本を出され、出版記念会がルーマニア大使館で開かれた。ワシントンDCに行くつもりだったのだが、予定を変更したのだった。

先日の週間ブックレビューを見たと手紙を下さり、着物をほめていただき気を良くした私は、和服を着ていくことにした。大使館の桜を思うと夜桜の着物を纏いたい気持ちもあったのだが、地味に白の大島にした。みやさんが岩手出身だったことを思い出したからだ。

みやさんとの出会いを書くと長くなるのだが、1990年の選挙の折、ブカレストの友人宅が始まりである。その後、マラムレシュに誘われて一人夜行列車に乗ってホームステイした。彼らの素朴な生き方に心洗われる思いだった。

津波に飲み込まれた人々の無念に応えるには、私たちが生き方を180度変えて、日本を再生させるしかない。自然への畏怖や感謝の念を忘れた日本人が学ぶべきヒントは、実はこのマラムレシュにいっぱい詰まっているのだ。

みやさんの著作はどれもこれもすばらしいが、とりわけマラムレシュの写真とともに紡がれた文章がいい。少しでも自分の生き方に迷いのある人には、ぜひご高覧いただきたい。ヒントがいっぱい詰まっている。

雪とみまごう桜かな

目黒川のほとりも、東京における桜の名所のひとつだ。

京都から帰った翌日、目黒川を訪れた。あまりに風が激しかったので、桜の花に焦点を当てることができず、全体をカメラに収めてみた。

花がぐるんぐるん揺れ、枝に雪が積もっているかのよう。

京都という別世界

2泊空けて東京に戻ってきたら、桜が八部咲きで驚いた。さっそくカメラを持ち出して四角い枠の中に収める。淡いピンクに癒された人々がどれほどいるだろう。

訪れた京都では未だ三部咲きだった。昼間は人に会ったので、早朝にスターバックスから六角堂の池のほとりの満開の枝垂桜を眺め、夜は東寺のライトアップに赴いた。花冷えを楽しむにも寒すぎて長居はできず、ホテルに戻った。

京都は同じ日本とは思えない別世界。まったく空気が違っていた。そう、あの地震が夢だったかのように、恐怖のかけらもない、ゆったりとした日常。

おかげで、震災後はじめて爆睡した。地震が来ない。津波が来ない。水が飲める。呼吸ができる。放射能を忘れてもいい。そう考えるだけで、ぐっすりと眠れた。11日以来はりつめていた神経が解きほぐされるのがわかる。たった2泊でも、安眠が確保できた。

とはいえ、福井の原発「もんじゅ」の危うさを考えると、これもつかの間の平和かもしれない。事故が続き、関係者が自殺している「もんじゅ」は本当に大丈夫だろうか。人類への試練は始まったばかり。次に地震が来たら、いまの政府は国民を守れるのだろう。どこまでも疑心暗鬼の私である。

注)写真は六角堂の枝垂桜。全体も見事ですが、ひとつひとつの花も可憐です。比叡の山を降りた親鸞聖人は、聖徳太子の建立と伝えられる六角堂で百日の参籠をされています。

非力を認め、素直に謙虚に迅速に

世の中には、能力もないのに自分でやれると突っ張る人がいる。人が助けてくれるというのに、その申し出を受けない人がいる。結果、災いが降りかかるのが個人だけなら構わないが、多くの人を巻き添えにするなら、きわめて重罪である。 

米軍からもフランスの原発企業アレバからも、日本政府への申し出は震災直後からあった。彼らには原発事故のノウハウは十分にあったのに、何故それを受けなかったのか。少なくとも米軍駐留には長く日本国民の血税が投じられてきたのだから、災害時に米軍の力を借りるのは筋が通る。 

今回の原発事故が東京電力の人災であることは間違いない。廃炉にする損害に耐えられず、かつ自分たちで大丈夫と小手先の修復で乗り切ろうとした経営者が日本国民に及ぼした罪は償いようもない。しかし、震災後すぐに非常事態宣言を出せば、総理権限でそうした企業の論理をも封じ込めることは出来たはずだ。

 理解できないのは、原発反対の議員も多いはずの民主党が何故、政権をとってすぐに原発の安全性のチェックをしなかったかである。社民党は何もアクションを起こさなかったのか。少なくとも共産党の『赤旗』紙面では原発の危険性を昨年訴えていた。同じく野党だった民主も社民も意識はあったはずなのだ。

 せっかく政権与党になったのに、子ども手当てよりずっと重い問題だったのに、なぜ議員たちの目線は原発に向けられなかったのか。むしろ政治主導にこだわって仕分けパフォーマンスを行い、危機管理予算を削ったのは民主党政権である。

総理には自らの非力を素直に認めていただきたい。日米合同の捜索だって、震災直後に行われていれば、助かった人々もいたかもしれないのだ。とにかく謙虚に、迅速に、各国の援助を受け入れ、同時に、復興のビジョンを示さない限り、被災した人々は救われないではないか。

くわえて、各電力会社に、原発の安全性をチェックさせるように指導すること。日本全体が弱っているときにテロや地震が来たとしても同じ過ちを繰り返さぬ体制を整える以外に、現政権の罪を償う方法はないのだから。

子どもの未来は指導者次第

昆布を食べることは意味がないとか、そんな風評に振り回されるなとかいう科学者がいる。不思議だ。いいじゃない、昆布を食べたって。味噌とか昆布とかを摂るのは、昔の日本人の食生活に即したことだ。 それで被爆から若者を守れるのなら、一石二鳥である。

チェルノブイリでの医療支援に携わった、甲状腺がん専門医師の発言に耳を傾ければ、なるほど昆布も有効だとわかる。彼がかつて柏崎で行った講演録が参考になる→http://www.kisnet.or.jp/net/sugenoya.htm 

ソ連の隣国ポーランドは、原発事故の4日目にヨウ素剤を全病院、保健所、学校、幼稚園に配備して1千万人以上の子ども、7百万人の成人に投与したところ、甲状腺がんは発生しなかったという。他方、チェルノブイリはもとより、ウクライナやベラルーシなどソ連内の共和国では、数年後に甲状腺の病気になった人が多数いた。同じ共産圏でも、ポーランドは指導者の判断で救われたというわけだ。

震災の後、原発の問題が発生した段階でなぜ、政府はそうした識者を集めて助言を仰がなかったのか。チェルノブイリで治療にあたった日本人医師は5人もいた。有名な鎌田医師もその一人。ポーランドの話は、元医師で現在は松本市長、菅谷昭氏の発言である。彼は長野県内への拡散を想定して安定ヨウ素剤の備蓄体制を確認するよう県に要請したという。

海に近い被災地では日ごろ海藻をとる食生活であったと信じることが、せめてもの救いである。だが、原発に異変が起きた段階で、政府が迅速に子どもにはヨード剤を配布し、大人は心配ないと発言していれば、国民がどれほど政府を信頼し、安心したかを考えると、残念でならない。民主党政権は「子どもは社会育てる」と豪語してカネをばら撒きながら、その実、子どもたちの未来など、何も考えていないのではないかと不信感が募る。「社会で育てる」とは、親以上の情報や見通しを行政が提供できることが前提なのだから。

65年前、3月10日の下町空襲を受けてもなお、子どもたちを疎開させるように指導しなかった大本営も同じだ。日本の為政者たちは、次世代のことを考える思考回路を持たないのだろうか。せめて半世紀先を見通す姿勢があれば、子どもの被爆に対して、敏感になれたはずである。

アメリカのクリントン元大統領は、自分の命が狙われるような外交団チームには若いスタッフを入れないように指示していたという。オルブライト元国務長官がジョージタウン大学で学部生への講義でそう語っていた 。アメリカの未来を担う若者を守るのが国益であることを、かの国の指導者は知っていたということである。

官邸では水道水を飲むべき

ずっと気になっているのだが、福島がこういう事態になって、ほかの原発の安全管理はどうなっているのだろう。次に地震が来たら、ほかでも同じことが起きないと言い切れるのだろうか。ほかの電力会社はもちろん、点検を完璧にしている、と信じたいのだが。

 安全、安全と連呼して封じ込めるのは、もう止めよう。地震の後、3月17日に日本政府は基準値を変えて甘くしていた。いまの安全は、震災前には危険とみなされた数字である。

 事実を伝えればパニックになるとしても、ある程度の現実を打ち明けるべきだ。その上で見通しを提示してくれれば、国民一人一人が逆算して、自分で対策を立てることができる。

 それでも、安全と言ってのけたいのなら、菅総理が毎朝、東京や千葉の水を飲むべきである。かつてカイワレを食べた菅直人さんなら、簡単な芸当だ。もっといえば、東京電力の社長自らと海江田大臣が、福島にでかけて放水をやってみせるべきだろう。せめて一度は閣僚の誰かが被災地を訪れ、人々を元気づけるのが筋である。

 いま日本全国のミネラルウォーターが東京および被災地へ向けて送られつつあるのだが、それが届く前にまず、官邸に備蓄されているミネラルウォーターを乳幼児に供出すべきだ。閣僚や官邸スタッフは「安全なはずの」水道水を飲めばいい。