遷宮後の上賀茂神社は奉祝行事で大賑わい。東京コレクションから戻ってすぐ、笠懸神事を拝見しました。記録は参集殿で。ものすごい陽射し。暑いです。だから母の鮫小紋に若冲の「雨龍図」。前には雷、の帯を締めて、別雷神へ敬意を表します。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2015年10月 青竹の色留@奉幣祭
賀茂別雷神さまが本殿にお遷りになった翌朝は、奉幣祭。雲ひとつない秋晴れの下、勅使がお持ちになった天皇からのご祭文を田中宮司が受け取り、本殿に納められました。
奉幣祭は立砂のある細殿で行われます。参列席は、本殿前ではなく、楼門の外。儀式ではなく、お祝いの席。なので、色は薄くても大丈夫と判断。母の青竹の色留に、菊が刺繍されている帯を締めております。女性参列者は、訪問着や振袖をお召しになっていました。

披露宴や初釜式だと、翡翠の龍の帯留に緑の三分紐を締めるのですが、神事なので、白の帯締めにしました。廣澤白鳳。日光東照宮純金糸を用いた誉田屋製。強いて言えば、ここが葵つながり。徳川の家紋は三葉葵。三河の徳川松平家は賀茂社の分霊社を信仰していたのです。
伊達襟なしがよかったかもしれません。若い頃は顔がぼけるので入れていたのですが、年齢的にも、もう必要ないかもしれませんね。
2015年10月 菊尽くしの色留@遷宮祭
上賀茂神社の第42回式年遷宮祭に参列させて頂きました。重要文化財に指定されている上賀茂神社の場合は、伊勢神宮のように建て替えるのではなく、主に桧皮葺屋根の修復です。1年半前に本殿から権殿に遷られた神さまが修復の済んだ本殿にお戻りになるのが、正遷宮というわけです。

生まれて初めて参列する遷宮祭。何を着ればいいのか、さんざん迷ったあげく、この色留袖にしました。呉服屋さんでも経験がなくてわからず、装束屋さんにもお訊ねしたほどです。
ドレスコードは略礼装。殿方は黒スーツ、役員はモーニングとの話なれど、女性はどうしたものか。一人派手にして浮くのも心配で、色は押さえなければなりません。21年に一度ですからね、遷宮祭に参列した経験のある人は容易にみつかるものではありません。よって、誰に聞いても、色無地なら無難、という言葉が出てきます。しかし、我家にある色無地のうち、濃いのは不祝儀用の渋い紫色のみ。せっかくの遷宮祭に、法要で着た着物でよいものか。お祝いの席なのに。
この色留なら、座っているときは色無地に見えて、実は菊尽くしの裾文様。いまの季節にぴったりです。それに、天皇の勅使もいらっしゃるのです。
披露宴なら白地に箔の龍村もいいのですが、帯も今回は渋い色でまとめめばなりません。だから古珀の竹文。帯締は右が金で左が銀。陰陽道の上賀茂神社に合わせました。ちなみに、指輪はホワイトゴールドの葵モチーフ(上賀茂の神紋は二葉葵)です。
と自己流の理屈をつけてみたのですが、和服をお召しの方々はほとんど色留袖、もしくは訪問着でした。よって、私一人が浮くこともなく、この色留で正解だったのです。。
2015年9月 観月茶会


9月の茶狂会は、中秋の名月。観月茶会となりました。京都市内は日中最高気温が27度でも、亀岡は24度。夕方からのお席でもあり、さすがに薄物は避け、単衣のお召しを纏っています。織でもお召しはお茶席で許されるのです。夜空に満月、水面の満月、窓に映る満月、盃にゆれる満月・・・。帯は私が20代のころから締めていた綴れ。母の娘時代のものかもしれません。
実はこのお召しを袷に仕立てかえるつもりでした。雪のイメージで使えるか、と。しかし、単衣のまま観月に着るにも一案ですね。今年は9月27日、でも昨年は9月8日と早かったので、秋草文の絽を着ています。ただ、一尺五寸の袖は縮めたほうがよさそうです。

食事は松茸と亀岡地鶏のすき焼き。まずは地鶏の大半を塩コショウで焼いて楽しみ、その後にレバーと松茸、たまねぎ、ねぎを加えて食します。その後は松茸以外のきのこや豆腐などを加えて。
松茸を裂く作業を手伝って、その香りを堪能。こんなにたくさん一度に目の当たりにすることも裂くことも縁のない私。貴重な経験ありがとうございました。

2015年9月 萩桔梗文に蝶を宿らせて
2015年9月 白露までは薄物
2015年9月 帯は腰痛の味方らしい
審査初日。密室に皆で籠もり、腰掛けて番組を見続ける仕事。椎間板ヘルニアと診断された私は、和服で通しました。帯がコルセットの役割を果たすと医者に言われ、ぐるりと一周の帯板をしているんです。病院で採寸までして注文したコルセットが間に合わず・・・。
二十四節気の白露までは、堂々と薄物で通します。和服の衣替えの法則って、明治の軍隊に準じたものなんですよ。変でしょ。軍事大国まっしぐらの機運に、女性の和装が合わせる必要なし、というのが私の考えです。
ただし、夜は寒々しいので、帯は透け感のないものを合わせます。この龍文は、ネットでみつけたんです。3万円で少しおつりがきました。東京の呉服屋さんには、良い買い物だったと褒められて、いい気になった私。刺繍がいいのでしょうね。地は絽のようで、とても目が詰まっているんです。お値段が可愛かったので、迷わず二部式に加工しました。帯芯がもこもこして、ぶ厚いのです。
2015年8月 花火文の帯
2015年8月 朝服の龍文
2015年8月 雪華文で涼をとる

今年の夏も大活躍だった組み合わせについて、知り合いによる昨年の目撃談をご紹介します。
京都の烏丸三条みずほ銀行前で信号待ちをしていた私の後ろにいた女性が二人、こんな会話をしていたそう。
「夏に雪華、しゃれてるね」
「どんな人が締めてはるんやろ」
すぐに信号が変わり、私が足早に去ったので、幸か不幸か、二人は私の顔を確認しないまま。
知人のコメントはこう続きます。
お二人は、暑い夏に雪文を持ってくる価値がわかるセンスを持ち合わせていたようだ。私の後姿には花街のお姉さんのような色気が漂っていなかったために、どんな人か興味がわいたのではないか、と。
祇園祭では室町界隈にある町屋の夏座敷で、縁側に氷柱が置かれていることがありますが、夏に雪の文様を持ってくるのも、和服ならではの涼のとりかた。実に楽しいです。







