祇園祭の宵山でも、この沢瀉(おもだか)文の浴衣を着ました。日中町屋を巡るときから浴衣姿でしたので、夜の会食@室町和久傳までに、びっしょり汗をかいてしまいました。帯締めは、白地に赤茶色の水玉だったと記憶します。
今回は大胆にも、帯締めをターコイスにしています。このピンクにはちょっとキツイ印象かもしれません。花火だけなら付け帯でもいいのですが、会食となれば、やはりお太鼓。それも透け感が欲しくて、この帯を選んでいます。
この浴衣は伊勢丹に出店していた紫織庵さんで購入。もう6年が経ちます。暑いと、この地色の薄さにほっとします。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2011年08月 夏籠いろいろ
2011年07月 麦文様
2011年07月 新潮社にて
2011年 お召しや紬に合うバッグ
2011年07月 七夕

♪ 笹の葉さらさら 軒端に揺れる ♪ ベランダに竹を置いているといいのは、七夕に短冊・・・という気分になることでしょうか。
五色の短冊、にふさわしい着物は、と探してみたのですが、色として近いのは、こちらの絽の小紋でした。帯は黄色のほうが五色に忠実だったかもしれませんね。まだ閉めていない黄金のムガ、櫛織の帯。黒という手もありましたが、つい紫にしてしまいました。そうですね。帯が黒で帯締が黄色を試す価値もありましたね。短冊なしで、その着こなしにトライしてみましょう。
これらは、いずれも、かわの屋さんで購入したアンティークです。夏の着物を持っていたのは、主に祖母でした。だから上布も絽も羅も地味な色は数あれど、普段着使いの派手なのは、母の娘時代のものがごくわずか。だからつい、絽のきものはアンティークに走りがち。上布ほどでなくても、涼しいです。
2011年06月 藍のぼかし@HumanBand
母の藍染の単衣を久しぶりに着ました。根津美術館の庭で撮影。外光で見ると、藍のぼかしがまぶしいくらい。母は、これにどんな帯を合わせていたのだろうか。この白地の帯は祖母のもの。母が他界してから譲り受けました。絽の襦袢と帯揚げは蜘蛛の巣文。紫織庵製。
タイから訪日していた友人を、表参道駅まで送った後、きれいな女性から声をかけられました。どうやら、このブログを見てくださっているようです。ありがとうございます。
ところで、私は、このきものでHumanBandの参加しています。撮影したのは、根津美術館入り口の回廊。隈研吾さんらしい設計です。大震災以来、短期間のボランティアもチャリティで日赤に義捐金を送るのも、どこか自己満足の匂いがして抵抗がありました。HumanBandはもっと息の長い支援を、と若者たちと一緒に進めているプロジェクトPower New Tohoku の一環です。来年の311、 東日本大震災から1年が過ぎた日. わたしたちは海に向かっ て立ち、目を閉じ、 どこまでもどこまでも手をつなぎあって、. いつまでもいつまでも祈るのです。詳細はこちら→ http://www.humanband.jp/
2011年05月 赤黒の大島
2011年05月 小紋はしばらくお休み
2011年05月 ジャズの帯on結城

佐賀の島内さんで購入した帯。きもの雑誌に写真が載っていたのを見て、お店に電話をしました。
襦袢は紫織庵さんの天使と楽器。音楽ものの帯には、その襦袢を着たくなります。
きものを始めて最初のころは、コンサート用に音楽文様が欲しくて欲しくて探し回り、和楽器(アンティーク刺繍)、ジャズ、音符#♭をみつけて衝動買いしています。
そんなに焦らなくて後々出回るようになりましたが、最初のころは気が急いて、散財するものです。
ところで、この母の着物はどうやら結城のようです。よくからだに馴染むので、ずいぶん着込んだのでしょう。私の記憶にはありませんから、祖母から受け継いだか、私が幼いころに着ていたのかもしれません。最初は地味と思って避(よ)けていたのに、似合うようになってしまいました。










