2011年08月 沢瀉文@夏祭り

おもだか文 浴衣祇園祭の宵山でも、この沢瀉(おもだか)文の浴衣を着ました。日中町屋を巡るときから浴衣姿でしたので、夜の会食@室町和久傳までに、びっしょり汗をかいてしまいました。帯締めは、白地に赤茶色の水玉だったと記憶します。
おもだか浴衣  帯今回は大胆にも、帯締めをターコイスにしています。このピンクにはちょっとキツイ印象かもしれません。花火だけなら付け帯でもいいのですが、会食となれば、やはりお太鼓。それも透け感が欲しくて、この帯を選んでいます。
この浴衣は伊勢丹に出店していた紫織庵さんで購入。もう6年が経ちます。暑いと、この地色の薄さにほっとします。

2011年08月 夏籠いろいろ


夏籠いろいろ。浴衣とか上布を着たときに持ちます。左は祇園祭のときに、クロチクのセールで。
赤と紺は、ジャカルタの空港で5ドルか10ドルで、黄色はワシントンDCで、19ドルくらいだったと記憶している。いずれも、着物と関係なく買っています。たくさん入るので便利ではありますが、冬の間、収納するのにかさばります。
神楽坂祭りでは、人々が浴衣であることを考え、赤い籠を持ちました。署名のための筆や落款もすっぽり入ったので。

2011年07月 麦文様


恥ずかしながら、この写真を撮った小さなカメラをみつけられず、いまごろ遡ってのアップです。
麦文様はいつ着ていいのか。麦秋といえば6月。絽の着物ですから、6月末のみでしょうか。7月でも大丈夫と勝手にとらえて着てしまいました。
本当はトンボの帯留で遊ぶのがいいのでしょうが、時間がなかったので、普通の帯締めで。絽の帯揚げは、藤色と淡い緑のぼかしです。それも母の形見。ありがたいことです。

2011年07月 新潮社にて

新潮社にて
本に署名するために訪れた新潮社の会議室にて。折りしも神楽坂祭りと聞いて、絽のきものを着て出向きました。さすがにオフィスに浴衣では失礼かな、と思ったので。
洗い張りした状態で祖母の箪笥に保存されていたので、きものは、母の娘時代のものかと思われます。蛍帯
帯は、捜し歩いて福生のマイコさんでようやく出会った蛍文の帯。明治ものなので、傷んだところを切って、作り帯にしています。

2011年 お召しや紬に合うバッグ


正式なお席でなく、紬や小紋、お召しに合うバッグをご紹介。少し大きめなのが便利。kate sapade の赤は、ビニールの反射が近代的すぎるので、季節も着物を選びます。ジム・トンプソン絽は艶があるので、合いますね。
バンコクで買ったジムトンプソンの「シルク+綿」の混紡バッグは、帯や着物の色にあわせて、持ち替えています。右奥のは、レンガ色とモスグリーンのグラデーション。ターコイスのバッグについているのは、COACH製、雪華のキーホルダー。涼を演出します。
藍のぼかしのときなどには、白(アイボリーに近い)を持ちます。

2011年07月 七夕


♪ 笹の葉さらさら 軒端に揺れる ♪ ベランダに竹を置いているといいのは、七夕に短冊・・・という気分になることでしょうか。
五色の短冊、にふさわしい着物は、と探してみたのですが、色として近いのは、こちらの絽の小紋でした。帯は黄色のほうが五色に忠実だったかもしれませんね。まだ閉めていない黄金のムガ、櫛織の帯。黒という手もありましたが、つい紫にしてしまいました。そうですね。帯が黒で帯締が黄色を試す価値もありましたね。短冊なしで、その着こなしにトライしてみましょう。
これらは、いずれも、かわの屋さんで購入したアンティークです。夏の着物を持っていたのは、主に祖母でした。だから上布も絽も羅も地味な色は数あれど、普段着使いの派手なのは、母の娘時代のものがごくわずか。だからつい、絽のきものはアンティークに走りがち。上布ほどでなくても、涼しいです。

2011年06月 藍のぼかし@HumanBand

 

母の藍染の単衣を久しぶりに着ました。根津美術館の庭で撮影。外光で見ると、藍のぼかしがまぶしいくらい。母は、これにどんな帯を合わせていたのだろうか。この白地の帯は祖母のもの。母が他界してから譲り受けました。絽の襦袢と帯揚げは蜘蛛の巣文。紫織庵製。

タイから訪日していた友人を、表参道駅まで送った後、きれいな女性から声をかけられました。どうやら、このブログを見てくださっているようです。ありがとうございます。
ところで、私は、このきものでHumanBandの参加しています。撮影したのは、根津美術館入り口の回廊。隈研吾さんらしい設計です。大震災以来、短期間のボランティアもチャリティで日赤に義捐金を送るのも、どこか自己満足の匂いがして抵抗がありました。HumanBandはもっと息の長い支援を、と若者たちと一緒に進めているプロジェクトPower New Tohoku の一環です。来年の311、 東日本大震災から1年が過ぎた日. わたしたちは海に向かっ て立ち、目を閉じ、 どこまでもどこまでも手をつなぎあって、. いつまでもいつまでも祈るのです。詳細はこちら→ http://www.humanband.jp/

2011年05月 赤黒の大島


本格的に着物を着始めたころ、池田重子さんの帯を探しに、きもの一番館(市田)さんの展示会に行きました。いろいろ話すうち、紬のプロがいると聞き、翌日、スーツケースに紬を詰め込んで出直したのです。
黒地にポイント柄の大島は昭和40年代までなのだ、赤の入った大島は、もっとめずらしいのだ、と教えられました。貴重な一着です。
フラッシュのせいで赤が際立ちますが、実際は黒が勝っています。締めやすいので、つい縮縮の帯を合わせてしまいます。特に、この青は名古屋帯なので結ぶのがラクなのです。5月と10月が着ごろです。

2011年05月 小紋はしばらくお休み


根津美術館に着ていった小紋には、やはり無地か幾何学の帯のほうが合うかなあ、と縮縮の帯を合わせてみました。
同じマンションに住んでいるインド系アメリカ人とバッタリ出会ったら、親切にカメラに収めてくれました。
五寸の袖を短くするのにコストがかかるのと、何箇所かにシミがみつかったので、まずは洗い張りにして、この小紋はしばらくお休みにして、箪笥に仕舞おうと思います。
深い紫の帯がみつかれば、年相応に着られるかも。
 

2011年05月 ジャズの帯on結城


佐賀の島内さんで購入した帯。きもの雑誌に写真が載っていたのを見て、お店に電話をしました。
襦袢は紫織庵さんの天使と楽器。音楽ものの帯には、その襦袢を着たくなります。
きものを始めて最初のころは、コンサート用に音楽文様が欲しくて欲しくて探し回り、和楽器(アンティーク刺繍)、ジャズ、音符#♭をみつけて衝動買いしています。
そんなに焦らなくて後々出回るようになりましたが、最初のころは気が急いて、散財するものです。
ところで、この母の着物はどうやら結城のようです。よくからだに馴染むので、ずいぶん着込んだのでしょう。私の記憶にはありませんから、祖母から受け継いだか、私が幼いころに着ていたのかもしれません。最初は地味と思って避(よ)けていたのに、似合うようになってしまいました。