葵祭に向けて、カメラを持って奔走するため、ずっと洋服にしておりました。報道陣に紛れると、顰蹙を買うからです。それでも神事となれば、せめて和服にしたいもの。そういうときは着物の色のトーンを落とします。
この日は下鴨神社の御蔭祭。御蔭神社から神さまを神馬にお乗せして下鴨神社に参進する神事です。あいにくの雨模様。比叡山の麓の御蔭神社から赤宮神社に向かう写真は昨年撮影したので、糺の森で東遊びを披露するのを撮影するために下鴨神社を訪れました。天気予報は雨。なのに、持ちこたえていたので、和服にした次第。
河合神社に着いた途端、スタッフが携帯で話す声が聞こえてきました。「切芝は止めて、舞殿になるのですね」。えー、がっかり。境内の中にある舞殿に変更するというわけです。
神馬によって御蔭神社から降りてきた神様が無事に神殿に遷られた途端、大粒の雨が振り出しました。100円ショップでゲットしたレインポンチョをかぶり、レンズを向けた私。
この単衣のお召しは袖丈が一尺五寸。母の若いころのものと思われます。綴帯は私のために用意されたのか母のものか不明。20代の頃、よく締めていました。京都でも可愛いと評判です。当時、これにあわせていた着物を遺品から探していますが、みつかりません。どこへ消えたのでしょうか。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2014 年5月 葵祭「禊の儀」


この日は報道席から撮影したので、私は和服を着ておりませんが、和服好きには十二単の襲に興味がわくと思い、掲載します。
葵祭のヒロイン「斎王代」が手を清める「禊の儀」。昨年は下鴨神社、今年は上賀茂神社で執り行われました。写真は手を清めるところですが、人形に息を吹きかけ、奈良の小川に流す禊の作法が重要なのです。女人列の50人も人形を流しました。
ところで、斎王代は、「代」というくらいですから、本物ではありません。本来は内親王が奉仕されていました。戦後、葵祭のヒロインというポジションが生まれました。京都で代々続くお家のお嬢さんが選ばれます。芸能界のように、ぽっと出の女性が出るわけにはゆきません。

葵祭当日も、斎王代が一の鳥居で腰輿(およよ)を降り、左下のように童女に裾を持たせて歩いて参進するのですが、今年はあいにくの大雨。この日に撮影できて、本当にラッキーでした。ドロップのように色とりどりで美しい、女人たちの装束もお楽しみください。
2014年5月 燕文の帯
2014年4月 都をどりへ 枝垂れ桜の帯で


都をどりではお茶席の写真も許されているのです。お茶屋さん枠で行かれるという方に同行して、正客席に座らせて頂きました。特権は紗矢佳さんの点てたお茶が頂けるのと、舞妓さんが運んでくれること。お菓子を運ぶのは女子大生風のバイト。とても雑です。


中では、過去の群舞の衣装が展示されていました。ここ数年は青が基調で、上の枝垂れ桜の部分は毎年同じ。私の鶸萌黄色無地には東儀さんとの2ショットで締めた帯のほうが合うと思うのですが、枝垂れ桜のモチーフつながりで、この紫を締めたというわけです。さすがに他では桜文は締めません。
京おどりで和服だった方は、元芸妓さん風のお姉さま方ばかり。なので今回は無地を選んだのですが、都をどりでの和服姿は一般客も多く、はんなり華やかだったように思います。まさに夏隣のこの日、単衣にしたくなるほど。さりとて、かつて結納のために母が用意してくれた藤のつけさげ(単衣)では浮くような気もして、せめて清涼感を出す意味でも、この色で。
さて、肝心の舞台。お茶屋さん枠なので、前から5列目の最高のお席。やはり華のある舞妓さんはかわいらしい。踊りの上手な舞妓さんもいい感じ。しかし、舞台に立つ舞妓さんの人数が減っている風で、昔を知る人は寂しくなったと話します。客席には和服姿の中高年女性にくわえ、IT社長風の和服に帽子という40前後の男性も目立ちました。呉服屋さんのご接待なのだそう。
空腹というわけでもないので、バーで軽く、を望んだ私たち。帰りは、先斗町のジャズ・バ-で鴨川も見下ろしながら、ビールを楽しんだのでした。
2014年4月 文楽劇場へお召しで
大阪文楽劇場で「菅原伝授手習鑑」を観ました。引退を決めた人間国宝・竹本住太夫さんの「桜丸切腹の段」を聴きたくて。
切符は早くから完売。朝から並んで補助椅子席を確保。幕見を狙う欧米観光客がいっぱい。NYブロードウェイで人気の新作を観るのに、当日券狙いで劇場に並んだことを思い出します。
外国人でも気づいている文楽の魅力。大阪市長はなぜ、それがわからないのか、はなはだ疑問ですね。
文楽だと、ついお召しか紬を選んでしまう私です。柔らかものより着やすいのもあります。早朝から並んだので。
それにしても、文楽劇場で住太夫さんの浄瑠璃が聴けないなんて。文雀さん、蓑助さんとのトリオが観られないなんて。あー、やっぱり涙が出てきた。淋しい・・・。
2014年4月 献香祭は鶸萌黄の無地に葵文の帯で
2014年4月 歌舞伎座へ 鳳凰文の帯で

坂東三津五郎丈の復帰をお祝いするために、歌舞伎座へ。
巳之助さん、上手になったなあと感心していたところへ、花道から現れた三津五郎さんを見たときには、思わ
ず涙してしまった私。句会でお元気になられた様子は知っていたものの、舞台に立たれた姿を見ると嬉しいものです。
さて、歌舞伎座が新しくなってから1年。感動はすっかり薄らぎました。が、鳳凰祭四月歌舞伎と名づけられていることもあって、今年は鳳凰文のつづれ帯を締めて出かけました。絨毯の鳳凰と色使いが似ているので、一応の記念撮影です。
余談ですが、隈研吾さんによれば、この幕と提灯の鳳凰は平等院の鳳凰だとか。今年は公開されているようです。ここ数年、藤の花はいまひとつとのことですが、
歌舞伎が終わったのが16時過ぎ。お天気がよいので銀座まで歩きましたが、オバマ大統領関連の警備はさほど厳しくなく、地下鉄で陶芸家・会田雄亮先生の個展@伊勢丹に伺いました。「すきやばし次郎」では何度か食しましたが、ビルの地下でもあり、どうやって警備をするのか興味深くもありました。小野二郎さんについては、また後日書きます。
2014年4月 京おどり千秋楽
2014年4月 京都御所「拾翠亭」へ中振袖で

穀雨、そして復活祭ののこの日、京都御所にある拾翠亭でのお茶会に招かれました。ここは、かつて九条家のお屋敷だったのです。
いい歳して中振袖でもいいでしょうか、とあらかじめご亭主にご了解をとりつけておりました。 過去に東京で2度、パーティで着ていますが、お茶席で着てみたいと考えていた着
物です。藤もスミレもぼたんも芙蓉も菊も葉鶏頭も描かれ刺繍されている百花繚乱。復活祭にふさわしいかも。でも、実際の花々が美しいこの季節のお茶席には華美すぎる。淡い色の付下げにすべきではないかと当日まで迷いました。
お菓子やお軸、花器など若手クリエータによるお茶席と聞いていたので、伊達襟もつけず、帯も袋ではありませ
ん(つづれではありますが)。少しレトロな空気を楽しみたいと考えました。この着物に乗せて合う袋帯は、濃い色しかなく、春には重い感じがしたのです。お薄席の後、別の茶室も見学させて頂き、にじり口にて撮影です。
実は箔が落ちてきそうだと指摘されて、お金をかけて直しを試みています。それに、この着物サイズに緑の襦袢を新調したばかりだったのも、この着物を着たかった理由のひとつ。過去は成人式の本降り袖の襦袢を折って着ていたのですが、振袖は襦袢を折ると目立つので。
袱紗は紫根染。草履は成人式の時のをぜんやさんで鼻緒だけ取り替えたもの。髪の三つ網カチューシャは便利。ウクライナの元首相のティモシェンコ女史的に見えるのに抵抗がありますが、最近、NYではこのスタイルが流行っているようです。












