
昨年は熱が出て断念した裏千家の初釜式。今年は20代のころ母が作っておいてくれた訪問着に、母の色留用の帯を締めていきました。実はこれ、ノーブレスで大宗匠にインタビューしたときと同じなんです。今回の伊達襟は紫ではなく、臙脂にしました。若作りと言われずに着られるのも、あと何年か・・・。
写真は帰りに寄った青山フィアットカフェにて撮影。携帯で撮ったので、色が少し青みがかっていますが、テーブルの花と妙に合いますよね。
奥のソファにあるのがバッグ。タイのジム・トンプソン製。クロークで預けてしまうので、もろもろ入る大きいものであることが大切なので。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2012年1月 初句会
新年句会には、女子は着物で、という呼びかけを受けて、和服を着用。みなは美容院に行って、ぴしっと髪を結い、あでやかなお着物でした。原稿執筆中の私は、ちょっと片手間?いつもと同じ空気で失礼しました。
おそらく平成になってから母が購入したであろう着物に、黒の刺繍帯を合わせてみました。花は牡丹(乙女屋さんで購入)。
平成の母の着物はサイズが大きいのかもしれません。生地的にもぱりっと着こなせないのが難。晩年の母は太っていたし、私は最近体重を戻したので、ますます生地をもてあますように感じます。自分で着るときは、身幅を狭く仕立てるほうが締まる。けれど、そのためだけに仕立替えるのも、勿体無い。せっかく痩せたのだから、普段着は昭和着物に徹しようかと思うこのごろ。
2012年正月 若冲「雨龍図」の帯
2011年12月 筆と墨の帯
2011年11月 シクラメンの帯
2011年10月 龍村・円紋白虎錦@雑誌「プレシャス」
2011年09月末10月初 石榴の帯
月末のエンジン01教育委員会@みかわには、和服ででかけました。すっかり涼しくなった初秋に石榴の帯を締めて。
六本木ヒルズの「みかわ」に入るときに、漫画家のさかもと未明さんとバッタリ会って、一緒に写した写真をいま頃みつけたので、差し替えますね。右の袖口がまくれて襦袢がのぞいていますが、くもの巣文です。
五寸袖の着物は、母の若いころの単衣と思われます。初めて袖を通しました。左肩のところに小さな穴があったのですが、上手に悉皆してもらい、ずっと箪笥にしまっていたものです。
帯は3-4年前に一目ぼれして購入(@かわの屋さん)。この着物に合わせることを思いつかず、こちらも箪笥に眠っていました。
実はこの着物には若冲の雨龍を、と考えていたので、どちらを締めるか迷いました。折りしも昨日は新月。新しいものを初めて身に着けるのにふさわしい日。雨龍は季節を選ばないので、また改めて新月か節の変わり目に。
10月7日は暑かったので、新潮ドキュメント賞のパーティも、これを着ました。襦袢、帯揚げ、帯締めは秋モードに替えて。
2011年09月 百夜句会十周年


百夜句会10周年は青山で開かれました。送ってもらった集合写真を切り抜いたので画質がいまひとつ。ご容赦を。
9月13日なら単衣にするのが慣わしですが、この暑さに耐えられず、棕櫚と赤とんぼの変わり絽を選びました。十六夜であることもあり、せめて仲秋を思わせる紬の帯、と合わせてもみたのですが、それさえも暑苦しくて、えーい、夏帯のままで、と出かけてしまいました。昨年の受賞記念パーティでは絽綴れを合わせていますが、そこまで仰々しくはせず、食事会モードの気楽な帯です。着物の赤とんぼにあわせて、とんぼの帯留も素敵ですが、ブルーミングデールのナイフフォークレストを荷札のワイヤーで留めたりと時間がかかるので、断念。句を考える時間も必要でしたので。







