先週の金曜日から、エンジン01オープンカレッジ、今年は水戸で開催されました。
オープニングシンポジウム「みつめる歴史。明治維新は水戸から始まった」は深く楽しい内容でした。磯田さん、井沢さんだけでもトークが面白いのに、水戸徳川家15代当主も登壇されたので、リアルさが増したというわけです。
コンサートも豪華な面々で、これを500円で聴ける幸運に、水戸の皆さんが満足されたことと思います。
私は休憩の間にタクシーを飛ばして、弘道館へ。しかし、16時半で終了していたため、外で写真を撮ることしかできず。遠くに、紅梅が見えるのですが、残念。
裏にまわって、花をつけている梅の枝を発見。京都で楽茶碗を見たのと同じ取り合わせですが、記念に撮影してみました。こうなると、鶯の帯も欲しくなる、欲張りな私です。
翌日は梅祭のオープニング。よって梅尽くしにいたしますので、本日は控えめに。あ、でも、襦袢は光琳梅です。
追伸:梅祭前夜は、葵の帯を締めたら良かったかなあと、ちょっぴり後悔しております。梅か葵か、さんざん迷ったのだから。悔しいけど、加齢とともに、ひらめき度が落ちているのも事実です。
カテゴリー: 秋尾沙戸子のきもの適齢期
「きものを着たい」と思った時が適齢期。形見が舞い込んだ時、海外暮らしを終えた時、日本人の心を確かめたくなった時――。ワシントンDCでの中年留学を機に始めて18年。祖母・母・娘と三代続く着道楽の血が騒ぎ、粋に着こなしたいと奮闘中。失敗例も含め、適齢期を迎えた方々のヒントになれば幸いです。
京都での10年を歳時記にまとめた『『京都で、きもの修行:55歳から女ひとり住んでみて』が世界文化社より出版。日々の着こなしの写真は、インスタグラムに掲載。
2017年2月 鳳凰の帯で楽茶碗を観る

昨日のラストは国立近代美術館へ。あと二日で終わってしまう「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」を観るために。
一旦帰宅して、仕切り直し、終了間際に駆け込み入場。その際に帯も鳳凰に替えて。今年は鳥にこだわります。
近代美術館に来るたび、このとてつもなく大きな鳥居に圧倒される。正直、上品とはいいにくく、昭和3年に昭和天皇の御大礼を記念して創建された時も不評だったというのだが、しかし、こうして美術館の4階から眺めると、悪くない気がしてくるから不思議です。
色無地の地紋は高野槇。襦袢は光琳梅のままです。この色無地、来る祖母の十三回忌のために作ったのですが、少し明るすぎたかどうか微妙です。
もう少し緑が強くてもよかったように思うのですが。まあ、通常はお茶会で着ることを考えているので、このくらい青みが合ったほうが着る頻度があがります。法要には、叔父叔母いとこしか出席しない、内内の集まりなので、お咎めはないと判断。それより帯にどう反応するか興味津々。どんな帯か、法要が終わったら、アップしますので、乞うご期待。
2017年2月 紀元節はヤタガラスの帯を締めて

今日は建国記念日。「和」に浸った一日。
上賀茂神社で紀元節の神事に参列し、弘道館で近江にまつわる歴史の講座を聞き、伝統工芸館で卒業制作を見て、昼食をとって着替えてから、日曜日が最終日の楽茶碗@近代美術館へ。
神事の後、雪化粧した境内で繰り広げられた蹴鞠の様子をカメラに収めたい欲求はあったのだが(装束の例年から刷新された気配)、蹴鞠自体は御所、下鴨神社、上賀茂神社それぞれ見ているので、歴史講座へ。琵琶湖の北はとても面白い地域だ。山本益弘さんに同行して余呉湖の徳山鮓で熊を食したのが、一年前の今日。戻ってきてから、上賀茂神社に参拝して御神籤を引いたら、まさかの凶。神社で凶が出たのは生まれて初めて。ショックだった。熊は神だから、食してはいけなかったのだろうか、紀元節に参列しなかったのを神が怒っているのかなどと落ち込んだこともあり、今年は、紀元節の神事をはずせないと考えていた。
なにせ紀元節は、神武天皇即位の日。なのでヤタガラスの帯をしめて参列。神武天皇東征に際し、上賀茂神社の別雷神はの祖父賀茂建角身命(たけつぬみのみこと)がヤタガラスとなって先導されたという故事から、賀茂社ではヤタガラスは特別なのです。ちなみに御神籤は中吉でした。
茶友の新谷さんが館長を務めるご縁で伺ったのだが、卒業制作展は予想以上に楽しかった。袖口から見える襦袢は、光琳梅。昨年の琳派キャンペーンで紫織庵が作ったものです。
2017年2月 上賀茂神社で福豆まき


上賀茂神社で福豆まきにご奉仕させていただきました。
写真のサイズはいろいろ。ほかの方々をカットしたり、ぼかすように加工したりしています。
神社には貸衣装が用意されていたのですが、私は下に自前の着物を纏い、裃だけお借りする形をとりました。裃がブルーかグレーの可能性を考え、卵色を選択。同様の色無地はなかったので、袖に控えめながら刺繍はありますが。

生まれて初めて着用した裃。袴部分、女性は上のほうで結ぶので、いつもの着物の丈だと、裾はみでてしまいます。着付けの部屋に鏡がなかったため、外に出て気づいた次第。1回目の豆まきの後に、短く着直しました。帯は二部式にしていあるものを締めていったので、お太鼓をはずせば問題なし。
防寒対策ばっちりの私でしたが、陽射しが出て、午後は暖かく、しかし、日向で撒くことになったために、陰影がくっきり。せっかくご縁のある方々に撮影してもらったのに、顔がトホホのショットが多く、泣きたくなります。奇跡的によく撮れたもののみ掲載しています。ほかの方々を上手に消せたら、また追加するかも。
2017年2月 酉の刺繍帯、酉の襦袢
2017年正月 受勲のお祝い
2017年正月 ヤタガラスの帯
2017年正月 京町屋で寒餅を

小正月の15日、雪がふりしきる中、吉田家へ。雪国仕様アザラシの草履で歩いたのですが、雪道だと、なんと遠く感じるものでしょうか。「我が衣手に雪は降りつつ」、傘をさしていても、コートの袖に雪が積もったほどです。
生まれて初めて、お餅をつきました。つきたては、えもいわれぬ美味さ。おかげで、炭水化物過多の一日。
最初は納豆で、次は白みそのお雑煮仕立てで。意外にも、京都人も、昔から納豆を食されたのだとか。しかし、お餅の中に納豆を入れるのではなく、お餅を納豆にからませて頂くのです。ふーん、またひとつ学ばせていただきました。最後の写真で手にしているのは、ナスの砂糖漬け。久しぶりに白いお砂糖を口にしました。ますます糖質摂りすぎが気になります。ただでさえ、この日は顔がむくんでいるのに。
帯と着物は母の若いころのもの。襦袢も家にあったので寒い日に着用します。舞妓さんの襦袢を彷彿とさせますね。どれもこれも、いまはもう出回らない、いかにも昭和風のものばかりですが、赤黒でまとめて現代風に(以前、倍賞千恵子さんと川島なお美さんには、めずらしいとお褒めにあずかりました)。
お餅をつくのに袖が邪魔と思い、クロチクさんのフリースを持参。このシリーズ、桜や梅など4枚あるのですが、雪が舞っているような、霰に椿の、こちらを選んだのでした。私が写っている写真は吉田塾仲間の八木沢さんと富家さんから提供して頂いたものです。



2017年正月 十日ゑびす

「えべっさん」といえば京都ゑびす神社。西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすのひとつ。約800年前、祇園の建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられました。8日から賑わいますが、私が訪れたのはもちろんど真ん中の10日。十日ゑびす大祭です。

最初に頂いた福笹は葉っぱが少なくてしょぼかったので交渉したところ、大きく立派なのが授けられました。鯛や宝船や小槌や蔵など、縁起物のオーナメントをつけてもらうのですが、頂いた笹が立派すぎたので、アイテムがどんどん増えてしまい、重いのなんのって。笑っていますが、実はバランスとるのに苦労しているんです。
参拝には、できれば笹の着物が理想だけれど、葉っぱつながりということで、この着物を選びました。すそ回しの青と、襦袢の紫がお気に入り。最初の写真で確認してみてくださいね。もち花が描かれた帯には、福笹と同じ赤い鯛がいます。

帰りは、「ない藤」さんの店出しへ。普段はとても手が出ない高級な草履を爆買いしてしまった私です。はきやすいことはもちろん、色使いがとっても大胆で素敵なんです。草履は午前中におろさないといけないのだとか。後から、写真の追加をしますね。
そういえば東京では、べったら市に通っていました。日本橋の宝田恵比寿神社。江戸時代、10月20日に恵比寿講が開かれ、その前に野菜などが売られたことの名残らしい。量り売りで買ったべったら漬けを麻縄に下げて帰るのですが、地下鉄の中では匂いに気を使ったものです。
2017年正月 貴船神社で七草粥


1月7日は人日の節句。貴船神社の神事に参列しました。人日と呼ぶのは、古代中国において、1月7日は人の吉凶を占う日であったことから。邪気を祓うために七種の野菜が入った熱いお吸い物を食して無病息災を願った、といわれています。
例年は、上賀茂神社の神事に参列して、裏千家の初釜式に伺うのだけれど、今年は喪中でお休みだったため、1時間遅く始まる貴船神社に行ってみたのでした。
直会でおさがりの七草がゆを頂き、奥の院でお参りした後、上賀茂神社へ。白馬奉覧神事の続きで、神馬が境内を歩きます。ご尊顔を拝し、邪気を払いました。婦人会提供の七草がゆは大人気で売り切れ。皆さまのご厚意により、七草の一部を頂き、自宅で七草がゆ。若菜により充電。
叔母から譲り受けたお召しに、羽根&駒の帯。赤は鳥居を意識して、帯はお正月モードです。羽根は酉歳にちなんで。
実は、葵文も考えたのです。貴船神社は、上賀茂神社の摂社であるため、神紋が二葉葵なのですよ。でも、お正月ですから。








