祇園祭2020 船場のコレクターを訪ねて、駒形提灯の帯で

立派な長刀鉾です。お母さまご存命のころ、ご自宅では鉾だけ飾られていたそうです。ビルに建て替えてから天井が高くなり、全体を展示できるようになったとか。お人形の仕事が見事です。昔の職人さん、すごいなあ。『細雪』でわかるように、船場の商家の文化度の高さは、京都の室町界隈に匹敵します。お着物、人形については、特に。

祇園祭2020 宵山のお茶会@太子山秦家

祇園祭宵山を秦家で過ごしました。なんて贅沢なことでしょう。岡崎にある好日居の横山さんと、薬種問屋の末裔、秦めぐみさんによるお茶会だったのです。

ここは太子山町。祇園祭の山鉾町の中でも最も西南にあります。例年なら、路地には駒形提灯が飾られ、秦家がお店の一部を会所飾りに提供し、聖徳太子像が祀られるのです。今年は山鉾は出ませんでしたが、ご自宅で聖徳太子のお軸と鬼子母神さんを祀られ、静かにお茶会が催されました。

聖徳太子と秦氏の関係は、歴史に詳しい人ならご存知ですよね。太秦だけでなく、このあたりにも16世紀から白生地屋を営む秦氏たちが暮らしていたようです。

祇園祭2020 宵山の献茶式と長刀鉾による祇園囃子 龍文の帯で

コロナ禍で、静かに斎行されていた祇園祭。お献茶式は予定より早い時間から始まり、その合間に、長刀鉾による祇園囃子が奉納されました。例年なら、その日の夜、山鉾巡行の無事を祈って、23時ころに奉納されるのですが。お献茶式も、最低限の関係者でのみ、本殿で粛々と行われたのでした。

神さまは前日にお神輿に遷られています。手を合わせて、帰宅したのでした。

【祇園祭】例年なら二階囃子が聴けるころ

二階囃子--鉾や山のお囃子の練習が町会所の二階で行われるので、そう呼ばれています。

例年なら今頃は、こういう光景が当たり前にみられます。祇園祭吉符入りの1日から5日くらいまで。

写真は2018年。この年は1日に 神明舎でAkio Satoko の A-Studioを開催。そのあとに、有志で山鉾町を巡ったのであります。二階囃子を聴いたことがないという、ゲストの井上章一さんをお連れして。

ゆえに、浴衣姿は私。ここは、新町六角下の北観音山です。

その足で、芳賀徹先生がスピーカーをされる勉強会にご一緒したのでした。

 

2020年6月 疫病退散の装い 赤のお召しに龍文の帯を締めて

きのうの朝、東京より帰洛。

桜の季節に自粛を強いられ、気づけば、夏。京都は31度でした。

6月再開の月釜に伺うのに、単衣の装いと楽しみにしていたら、この暑さ。絽を着たいけど、あかんやろなあ。

新幹線の中では額アジサイ文の小紋をイメージしてたが、柔らかものは暑く感じられ、疫病退散の装いに切り替えました。終わったあと、南禅寺前のブルーボトルコーヒーへ。暑すぎて、アイス以外、考えられなかった。チコリの何かが入ったのをオーダー。

和服は、赤のお召しに龍文の帯。バッグについているのは、疫病退散グッズ。伊勢の木札、八坂・疫神社の茅の輪、そして、象牙でできた紙垂。揺れることで、祓われるのです。

葵祭 路頭の儀 2018

コロナ禍で中止となった葵祭・路頭の儀。斎行されれば、こんな感じでした。斎王代を中心に、2018年の写真をアップ。京都御所を出た後、下鴨神社の糺の森、二の鳥居で輿から降りて徒歩。境内で使と宮司による社頭の儀をご覧になります。休憩されたあと、加茂街道を北上して、上賀茂神社の一の鳥居をくぐられます。二の鳥居をくぐって神さまにご挨拶した後、再び勅使が祭文を読み上げるのをご覧になられます。祭文は、上賀茂神社に収められます。その後、馬が駆け抜け、これこそが葵祭(賀茂祭)の真髄なのですが、その写真は、また後で。

 

中村軒にて、端午の節句文の帯で、いちごのかき氷

端午の節句--。

一昨年だったでしょうか、桂離宮近くにある中村軒に展示されていたものをスマホに収めていました。

かき氷が美味で有名な中村軒、4月は、いちごのかき氷が頂けるのです。本当に、いちごの味がするので、美味この上ない。来年、お試しあれ。

私の帯は、兜と馬が描かれています。